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じゆう [ふたりのヒトトナリ。]

自由が欲しいって?

何も失わずして
自由を得ることなどできないだろう?

人は何かを手放した分だけ
自由を掴むものだから


それまで
全てから自由に生きてきた少年と
ただ
共に生きるために
大切な全てを捨ててしまった少女

彼女は
彼と引き換えに
それまで掴んでいたもの一切を失った

人は
そんな彼女の選んだ「自由」を
身勝手なエゴだと詰った

しかし
多くの人が願う
「自由」と云う言葉そのものは
おそらく
多くの人が願うような
「幸福」を意味するものではあるまい

すべてから「自由である」ことの本質とは
とてつもなく孤独で
とてつもなく厳しいものだからだ


その一方少年は
少女を得
代わりに
彼が貫いてきた酷しき「自由」を失った

彼女ひとりを守るため
彼の生き方そのものだった「自由」を捨てた
そうして
彼が嘲笑ってきた
あらゆる「無意味な」制限たちをも
必死で掴まなければならなくなった

現実という枠組みで
自らの魂を
キリキリと縛るほどに


少女は
愛するために「自由」を選んだが
少年は
愛するために「不自由」を選んだ

彼らは
共に居るために
それぞれのアイデンティティをバラバラに壊した

二人にとって
幸福の条件は
自由の中にも
不自由の中にも
収まるべき位置を持たぬもの

互いを想う不可思議な感覚のうちにだけ
二人は
真実を見出だした


「自由」を選ぶか
「不自由」を選ぶか
人は皆
どちらかの選択肢を
常に持っているものだ
ならば結局人間はすでに
自由を生きているのかも知れぬ

どちらにしても
二人にとって
それは重要ではなかった

望むべきは
自由でもなく
不自由でもなく
常永久に咲く
魂の花

生き方に拘るのも
所詮は
仮の宿を決めるようなもの


ただ

何が大切なのか
何を守りたいのか

自分を知り
それを生きるだけだ

世界の九十九%が幻と消え失せても
その真実が足場を創るだろう


だから

自分を知るだけだ

自分を知るだけだ
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