So-net無料ブログ作成
検索選択

ひふみ神示より [火の語録~わたしの書斎]

CA3F0207.jpg


私とサクを結びつけた書 「ひふみ神示」より

この本に出逢ったのは、サクに会う一年以上前だった。

サクとの出逢いは、まるでこの書に宿る神様からの、
試験のように思えた。

きっと、この本を知らなければ、サクのふるまいを受け入れ、
信じ続けることはできなかったように思う。

***************************


気の合う者のみの和は和ではない。
色とりどりの組み合わせ、ねり合わせこそ花さくぞ。

気にも竹にも石にも道具にもそれぞれの霊が宿っているのである。
人間や動物ばかりでなく、総てのものに宿っているのである。
宿っているというよりは、霊と体で一つのものが出来上がっているのである。

一枚の神の裏表のようなもの、表ばかりのものもない。
裏ばかりのものもない道理。

数字にも文字にもそれぞれの霊が宿っており、
それぞれの能をしているのであるぞ。
順序が判れば初段、和に徹すれば名人。


はらひは結構であるが、厄払いのみでは結構とはならんぞ。
それは丁度、悪をなくすれば善のみの地上天国がくると思って、
悪をなくすることに努力した結果が、今日の大混乱を来したのと同じであるぞ。

よく考えてくだされよ。
善と申すも悪と云うも、皆悉く大神のハラの中であるぞ。
大神が赦し給へばこそ存在しているのであるぞ。
この道理をよく会得せよ。

はらふと申すのは無くすることではないぞ。

調和することぞ。和して弥栄することぞ。

厄のみでは祓いにならん。福のみでも祓いにならんぞ。
厄払いのみしたから今日の乱れた世相となったのじゃ。

悪を抱き参らせよ。善も抱き参らせよ。


抱くには〇にならねばならんぞ。


中の自分と外の自分と和せよ。
それが改心の第一歩。



**********************************

(余談だが、当時のサクが一番慕っていた、親友Yさんですら、
「あのとき(サクの暴走時期)は、オレにとって、
人をどこまで受け入れられるか、人生最大の試練だった」
と、今だからこそ笑って話していた。・・・・あまりにも共感して思わず吹き出してしまった。)


この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。

×

この広告は1年以上新しい記事の更新がないブログに表示されております。