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30.最後の人、最初の人。 [日月記録 ~これまでの話。]

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山の風景は、心をクリアに、そしてシンプルにしてくれる。

とりわけ、サクは木を眺めるのが好きだった。
私たちは車に戻ると、少し奥まった山道をさらに進んだ。
生命力に溢れる樹木を見つけるたび、彼は子供みたいに無邪気に
大きな感嘆の声をあげた。
「木が、話しかけてくる」とサクはいう。

「カネを崇拝して盲目になってる奴らは、わかってない。
そのせいで、こいつらがどれだけ無駄に殺されてるか。
オレは、泣き叫んでる木の魂が、わかるよ。
・・って云っても、誰も信じないけど。
木の感情がね、いっきに自分に入ってくると、すげえ辛いんだぜ。
夜中に涙が出てとまらなくて、眠れねえ。
気がつくと、ごめんなって言いながら泣いてるんだ。
どうしていいかわからなくなる。」

木のことを、サクは今でも友達のようにこいつら、と呼ぶ。

「あ、ここにしよう。」
目の前には、両腕を大きくくねらせて、天を仰いでいるような、威風堂々たる一本の巨木。
そこで車を止めると、サクは、その木を眺めながら自分の過去について話した。

良いことも悪いことも包み隠さず、普通なら触れたくないような最も暗い過ちまで、
恥じることなく躊躇うことなく自ら滔々と語った。
私も同じだった。
心が開けっぴろげのサクの前で、下手に取り繕ったり、不格好な自分を隠したりすることは
とても愚かなことに思えた。
互いのどんな過去を聞いても、戸惑うことも動じることもないのはどちらも同じだった。
常軌を逸するようなサクのあらゆる言動を、ごく自然に受け入れている、
そんな自分が不可解なほどだった。

サクが話した過去の中には、五年以上深く付き合っていた、ある恋人の話も含まれていた。
遊び人のサク、数々の女性遍歴があったことは改めて聞くまでもない。
けれど、彼女だけは特別な存在だったとすぐにわかった。
― それは彼が、二十歳を過ぎた頃、嘘のようにぴたりと悪事を止めた理由が
その女性のためだった、と告げたことで。

3つ年上で快活な姉御肌、しかもトラックの運転手だったという彼女は、
どうやら私とは全く違うタイプだったらしい。
社会的善悪の区別がめちゃめちゃで、どんな教師も警察も手に負えなかった当時のサクを、
明るく大きな愛情で「更生」させてくれた彼女は、彼にとって、かけがえのない存在だったに違いない。

「あるとき、結婚してほしいと言われた。
まともな仕事を見つけて一緒に家庭を築こうって。
でも、どうしてもそういう気にはなれなかった。
そしたら、泣きながら言うんだよね。
なら、結婚はいいからオレの子供だけでも作りたいって。
だけど、やっぱりそれもできないと云った。
理由?特にない。
ただ、それは単純に無理だって思ったから、そう云った。
それだけ。
彼女は納得できないから、もめるよね、当然。
それがきっかけで別れた。
最後の台詞は、
『私とこれ以上一緒に居ると、貴方がきっと駄目になっちゃうから』って。
とても優しくてイイコだったよ。」
とあっさり彼は言った。

「そっか、・・そうだね。
めちゃくちゃだったサクと五年も付き合えるんだから、
そうとうな器の持ち主じゃなきゃ、無理だよ。
それも、最後までそんな風に、サクのこと、想えるんだから・・」
私は、サクの言葉を聞きながら、その女性の姿をなんとなくイメージしていた。
サクが最も長く過ごし、最後に好きだった人。
強い愛情で、好きな人を自分から突き放せるほどの女性だ。心がよほど深く、素敵な人に違いない。
なぜだろうか、まるで自分の思い出を懐かしむように、心がトクトクと震えた。
私の知らない過去のサクを、それほど愛した女性のことを、むしろもっと知りたいような気もした。
もちろん、そこには幾分かの切ない気持ちもあったが、嫉妬のそれとは違っていた。

そしてー、
一見冷酷な、けれど自分の気持ちに嘘をつかないサクの在り方。そこに私は、自分にない潔さを感じた。
傷付けまいと思いやることが、かえって相手を縛ることになる場面を、私は幾度も見てきたからだ。
もちろん、自らを通しても。

突き放すことも、かといって受け入れることもできず、ときに人を依存させてしまうのは、
本当の思いやりからじゃない、私が卑怯だっただけだ。

サクの優しさと私の優しさは、違う。
私が、いつも誰かに冷酷になれなかったのは、目の前の相手への愛からではなかった。
「優しさ」という隠れ蓑で、自分をごまかしていただけ。
本当は、返ってくる摩擦の痛みを避けようと無意識に働く、自分の臆病さゆえだったのではないか。
それは結局、自分だけでなく相手の歩みさえ不自由にする。

サクのように自分の気持ちに正直になれる強さが、私はずっと欲しかったのだ。


「…そんな奴が、ひなを見つけた瞬間、結婚してください、だもんな。
ワケワカンナイよな、やっぱりオレ。」
まるで他人の話みたいに、カラカラとサクは笑った。

「そうだよ、サク。
しかも、数回の言葉のやりとりだけで。
私がとんでもないホラ吹きだったらどうするの。
やっぱりおバカだよ サクは!」

二人で軽く笑いながら、けれどもあの日覚えた感情は、
サクの一時的な気まぐれでも狂言でもなかったことを、今、言葉にするまでもなく
確信していた。サクも、そして私も。

「云ってることがホンモノかニセモノかなんて、言葉をみればすぐにわかる。
ひなに感じたのはね、
初めから恋愛感情とかそういうのを飛び超えた感覚だった。
生まれて初めて、自分から本気で手に入れたいくらい人を好きになった。
だから、これが最初。
ほんとに愛したことがなかったって言ってた、ひなと、同じだよ。

あの日、mixiでね、初めてひなの言葉をみたら、ひなの魂が見えた。
オレよりいかれた奴がついにいた。この子だそいつだ!って。
だから、いきなり、
『愛してます。一緒にイキテクダサイ』って、
そういったんだよ。」

う・・不覚にもまたサクのペースだ。
嬉しいけれど、慣れてないからリアルな反応には困ってしまう。
私は照れ隠しに慌てて返す。

「サクより、私がイカレてるって?なにさ」
「そうだよ。今頃気づいたの?
じゃ、なかったらここにいない。」

云われてみれば、それもそうだ。
いかにも取って喰われそうな雰囲気の相手と山奥に居る。なんでだろう。

「いつか、わかるよ。ひな。自分が一番ぶっ飛んでるってことに。」
サクはそういって明るく笑った。

・・うーむ?
褒められているのか、貶されているのか、全くもって複雑である。

ま、いいか。悪い気は、しない。


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