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32.君が残したもの。 [日月記録 ~これまでの話。]

― 3時ジャスト。

あのコンビニの駐車場で、サクは車を止める。
「着いたよ。」
あれほどの渋滞だったのに、彼は少しも焦る素振りもないまま、寸分の狂いもなく時間を守った。

最後まで、サクは本当に魔法使いのようだった。
サクが時間に合わせてるんじゃない、時間が、まるでサクに合わせてるみたいだ。
今までもずっとこうして、自らの信念で、ありえない現実を創ってきたのだろう。
サクとは、そういう人だ。

私は車を降り、運転席の方に回りこむ。サクも車から降りた。
しんみりするのは苦手だから、できるだけあっさり、明るく笑って別れよう。

「じゃあ、サクは、ちゃんと家に戻ってね。あまり寄り道しちゃだめだよ。」
サクも笑った。
「うん、大丈夫だよ。家に電話してから、ちゃんとまっすぐ帰るよ。
ひな先生、頑張ってね。いってらっしゃい。」
私たちは、どちらからともなく手を差し出した。
名残惜しくしみじみと握手・・・ではなく。
その手を高く挙げ、互いに向かって勢いよくパチンとハイタッチした。

「じゃあね。気をつけて・・・!」
私は、なんでもない風にそのままサクから離れ、笑顔で手を振った。
サクも笑顔で手を振った。

― 後で私は、痛いほど思い知ることになる。
そのとき、笑顔のサクが本当は何を感じていたのか。
当時、奇想天外な自分の状況に精一杯だった私には、ちっともわかっていなかったのだ。

彼が、この時、どれほど私の心を優先し、どれほど自分の本心を抑えていたかを。

自らの抱えている死ぬほどに強い葛藤、
それをサクは強靭な理性で覆い隠し、私に微塵も見せていなかったのだ。



明るく手を振り続けるサクを後に、私はなんともいえない心境のまま、職場へと向かった。
ひとり歩きながら、まだ手の平に残されたままの、ある不可解な感覚をそっと辿った。

手と手が弾けたその一瞬、サクの中の微細な優しい振動が、流れてくるような気がした。
これを、なんと表現すればいいだろう?
触れたはずなのに、まるで抵抗のない空気のように、五感のフィルターをすり抜けていく。
その不思議な感覚は、皮膚を貫き、細胞の奥深くまで響いて、全身に共鳴するように広がっていった。
優しい、優しい波風が、さぁっと海面を撫でていくように。
なんだろう?あの感じは?

― サク、あなたはどこまでも不思議な人だったね。

それは、ほんのささやかな一瞬のこと。
けれど、その一瞬は、決して忘れられぬ感覚として、私の心に刻まれたのだった。

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