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地獄を見た男。その2 [「あの世」での出逢い ~サクの体験]

(その1のつづき すぐ出ました。^^)

その話を聞いて、不謹慎かもしれないが私はちょっと笑ってしまった。

なるほど、サクは結局、地獄でも呆れられるほど厄介者扱いだった訳だ、と。
そして、ふとこんなことを思った。
俗に言う「地獄」とは名ばかりで、それは必ずしも誰もが思い描くような、
苦しみ悶えるための場所なのではないのかもしれない。
すべてを愉快に楽しめる者にとっては、地獄さえも地獄ではなくなる。

思えば、苦しみとは、いつだって現実をそのように捉える自分の意識に基づくものだ。
悲しみも、困難も、すべてが自分の基準が作り出すもの。
出来事そのものに、幸か不幸の名札がついている訳でもなく、その実態など、どこにもない。
己の心が決めるものだ。

あらゆる苦しみが「幻想」に基づくものだと本当に気づいたとき、「地獄の終わり」が自ずと訪れるのかもしれない。
あの世の「地獄」がそうであるように、この世の「地獄」もまた然りだ。

「オレもね、いいかげん飽きてたから、そうすることにした。
それで、三途の川をもう一回渡って戻るところで、一人の女の子を見つけたんだ。
その女の子はね、酷く泣いてた。」

ここから先の話は、すでに別の記事に記録したことがある通りだ。

「どうして泣いてるの?って聞いたら、その子、こう云うんだぜ。
『どっちに行けばいいか分からない』って。
どっちって、天国か、地獄ってこと。
だから、オレはこう云った。
『地獄はオレが嫌って言うほど見てきたから、きみは行かなくていいよ』って。
なのに、その子、すげえ頑固でさ、オレの言うことを信じないんだ。
何度も何度も説得するのに、泣き止まねえし。

それで、オレが提案した。
『じゃあ、約束しよう。一緒にもう一回、生まれ変わって、あっちの世界で逢おう。』
って。

それから、約束したんだ。
一緒になって、永遠に愛し合うことを。

・・・その女の子がヒナだったんだよ。」

そしてサクは、もとの山の奥で、ひとり、意識を取り戻したという。
ちょうどその頃、サクを知りもしない私は、交わることもない日常の中で29回目の誕生日を迎えようとしていた。

サクはその後、自力でどうにか実家に戻った。
しばらく後、その後遺症からか何日も原因不明の吐き気と熱に襲われ続け、朦朧とする意識の中、
病院をたらい回しにされることになる。
それがようやく治まる頃から、サクに不思議な能力が覚醒し始めたのだという。
見えないはずのものが見えたり、感じられたり、一途に神を求めるようになった。
これまでそんなものとは無縁の生き方をしていたサクが、神社を巡り、書物をあさり、先祖を敬い、
神秘的なものをとりわけ重んじるようになったのだから、周囲が不審に思うのも当然だったろう。
いつも仲間に囲まれていたサクは、その後、どんどん孤立化していった。

一方、私は、サクのあの世で見たビジョンの通り、現実の中で道を迷い、泣きながら悶えていた。
人間関係、仕事、家族、そういったものが様々な意味で、転機を迎えていた。
自分はこれから何を目指せばいいのかわからなくなっていた。
誰もが賞賛する安定した生き方を選ぶべきか、
それとも、不安定で未知なれど自分だけの求めた道を貫けばいいのか、と。
現実の中の「天国」と「地獄」。その境目を彷徨いながら、神を探していたのだ。

そんな生活の中、ネット上の日記に綴っていた、「神」への互いの所感を通して、私たちは知り合った。

サクは、私の綴る言葉をみて「あの少女だ。」とすぐに悟ったのだという。
自分が、この世に戻ってきた理由はこの相手との「約束」を果たすためだと。


・・・ここまで一気に書いて、改めていろいろ考えた。

私は、あの世とか、神とか、そんな世界を実際に見たこともないし、非凡なシックスセンスや霊能力もない。
こんな自分を、持論も思想もないとても無知な人間だと思っている。
だけど、今、こうしてサクと生きている限り、そういった世界があることを否めないし、
臨死した彼との「約束」どおり彼と縁を結んだことそのものが、
宇宙に「神」という名の「大いなる意志」があることの、
ひとつのしるしであるとさえ思うのだ。

サクは共に生きながら、私の知らない何処かへと導こうとしている・・、そんな不思議な感覚が、
今でも彼を見ていると、ふとした瞬間によぎることがある。
その何処かとは場所というより、ある「意識」、そして「認識」なのだと思う。

一体どんな意識なのか、どんな次元の認識なのか、
もちろんまだ私には言葉で示せるほど明確ではないし、
サクも今は、意図的にそれを「閉じ」、「忘れている」という。
時が来れば、思い出す、と。

今日は今日の、明日は明日の自分が生まれる。
サクはそういう新しい毎日を、私に与えてくれている。
自らは何も語らず、何も主張もしない。
ただ、愉快に笑いながら、そっと鏡のように「私」という人間の闇も光も照らしてくれる。
そして、約束どおり、愛そのものとして、私のそばにいてくれる。
サクはそういう人だ。

だからこそ、こうして私も、できる限り、彼を通して知る自分を綴り続けていたいと思う。
同じような人間が、きっと今日もどこかにいるに違いないから。


求めよ、さらば、与えられん。 尋ねよ、さらば見出さん。 門を叩け、さらば開かれん。
・・信じなければ、そこまでだ。
むしろ、そういった神秘的な世界とは、信じたものにしか見えない世界かもしれない。


「 念ずれば、花 開く 」


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