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33.涙で書いた手紙 [日月記録 ~これまでの話。]

次の日の朝、目覚めるとサクからメールが届いていた。

PCからだった。
そうだった。彼の携帯は壊れたままで使えない。
「ただいま。ちゃんと家に着いたよ。さすがに疲れて動けないから、とにかく寝るね。」
私は、ごく普通の人間らしい報告に、ひとまずホっとした。

途中でまたおかしくなって暴走したりせず、ちゃんと、自宅に戻ったんだな。
いくら、サクとはいえ無敵の鉄人じゃない。
ここ何日も寝ていなかった上、大阪と福島を往復したのだから、さすがに限界だったのだろう。

それから丸二日くらいだろうか、サクは熟睡していたらしく、音沙汰はなかった。

心が落ち着いた今、サクはようやく深く眠りにつけるようになったのだ。
それなら、しばらくそっとしておこう。
私は、またいつも通りの日常に戻ればいいだけだった。
朝から夜まで、忙しく走り回る生活。何も変わることはない。
私は、そう自分に言い聞かせるようにしながら、理性的な自分を保っていた。

けれど、何をしていても、心だけがなんとなくうわの空だった。
考えとはウラハラに、無意識に何度もメールを確認している自分がいた。
客観的に見ると、なんだかいかにもソワソワしているようで滑稽だ。

そういえば、サクと逢うまでは、携帯なんてほったらかしてたな。
「ひなの携帯は、いつも不携帯!」
そう何度友人に、叱られたことか。
時勢に乗れず、親にも呆れられるほどメールにも電話にも疎かった私なのに、どうしたことか、この有様。

誰もが、心から大切な人との出会いによって、人生を揺さぶられ、
そうしたささやかな変化を重ねては、新しい自分に気づいていく。

何冊もの本を読んでも変わらなかった自分が、たったひとつの出逢いによって、
簡単に大革命を起こしてしまったりするのだから、本当に人生とはわからない。

幾億の正論や理屈なんかより、ほんのひとつの通い合う心が、人の魂を動かす。

― サクは、何を想いながら帰ったのかな。
とても幸せな時間だったはずなのに、嬉しそうな表情を横で見ていたはずなのに、
一旦離れてしまうと、余計な憶測が隙をついて入り込む。
もしかしたら、約束の相手と逢えたことに満足して、もうすっかり彼の中ではこの縁が完結してしまったのかな。
それとも、逢ってみて、想像していた私とは違って、運命の人じゃなかった、人違いだったかもしれない・・、
なんて、帰り道で思い直したりしてないかな。
もしそうだとしたら?
私は、どうすればいいのかな・・。

ひとりでいろいろ思い巡らしていると、思考はどうも現実的、悲観的な方向へ向かってしまう。
どこまでも楽観的なサクとの決定的な違いだ。
私は、実はとても自虐的なのかもしれない。(でも、人間ってそんなものだよね。)

― そんな悶々と膨らむ妄想と杞憂は、ようやく目覚めたサクから届いた一通の
メールによって一掃された。
そこには、これでもかというほど、サクのありったけの想いが込められていた。

(とても長い文だったのですが・・・、原文がもうないので
よく覚えている一部分の内容だけ載せます。
正直 さすがにこっぱずかしいので、
無意識に簡略化させてるかもしれません。)

「ひな、今日は会ってくれてありがとう。

この手紙は、ひなと別れてすぐ、帰りの車の中で書いてます。
どうやって言葉にしていいかわからない。
けれど、何か伝えたくて、今、見えない文字でこれを書いてる。
涙が出て止まらないから、泣きながら、書いてる。

今日一日、ひなと会って、ひなの歩んできた人生を知った。
オレは、今まで、自分が一番苦しいと思ってた。でも、間違ってたね。
本当はひなの方が、オレなんかよりもずっと苦しくて、
ほんとの地獄の中を歩んできたんだと思う。

だから、神様に、ひなに、心から懺悔する。

オレがのうのうと生きていた頃、この子はひとり、
どれだけ血の涙を流しながら、真っ暗闇を耐えてきたのか。

誰にも知られることなく、どれだけの愛で笑顔を与えてきたのか。
この子の優しさに、オレは適わない。

ひなはオレを優しいって言うけど、ほんとは違う。
オレは、今までの人生で、逃げてきただけ。

すべてを捨てても、まだ足りない。
魂さえも捨てると、ここに誓う。

神様、
命に代えて、魂にかけて、地獄の底まで、この子を全力で守ります。
他になにもいらない。
これからの人生、オレのすべてを捨ててでも、この子を愛することだけに捧げます。
それがオレに出来るすべてです。

愛しています。心から。 」


私は、何度も何度も、その手紙を読んだ。

気が遠くなるくらい嬉しくて、
どんな想いにもあらわせないほどに、心が震えて。


違う、違うよ サク
やっぱり優しいのはあなただよ

あなたは気づいていない
こんな風に私のことを想ってくれるあなたは 私なんかより ずっと優しいんだよ



どんな状態だったのかも覚えていないほど、意識は遠くなり、我を忘れ、
私は、そのまましばらく文字を追いながら放心していた。



― 時折、ふと疑問に思う。

こんな時、
何の断わりもなく、ただ自由に頬を伝う涙は、
いったい何処から来るのだろうと。




<<・・ここからの続きは 「日月記録Ⅱ」に続きます。>>
********************************
 「ROBOT」Blankey Jet City

その手紙にはこの歌の歌詞が添えられていました。
そのときはこの歌を知らなかったのですが、後で聴いてから
サクの想いとリンクしていて、すっかり忘れられないメロディになりました。



透き通ったペンで 書いた手紙は
僕の胸のポケットに入ったままさ
いったい 僕は これを 誰に渡せばいいのだろうか

透き通ったペンで 書いた手紙は
僕の胸のポケットに入ったままさ

いったい 僕は これを誰に・・・


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32.君が残したもの。 [日月記録 ~これまでの話。]

― 3時ジャスト。

あのコンビニの駐車場で、サクは車を止める。
「着いたよ。」
あれほどの渋滞だったのに、彼は少しも焦る素振りもないまま、寸分の狂いもなく時間を守った。

最後まで、サクは本当に魔法使いのようだった。
サクが時間に合わせてるんじゃない、時間が、まるでサクに合わせてるみたいだ。
今までもずっとこうして、自らの信念で、ありえない現実を創ってきたのだろう。
サクとは、そういう人だ。

私は車を降り、運転席の方に回りこむ。サクも車から降りた。
しんみりするのは苦手だから、できるだけあっさり、明るく笑って別れよう。

「じゃあ、サクは、ちゃんと家に戻ってね。あまり寄り道しちゃだめだよ。」
サクも笑った。
「うん、大丈夫だよ。家に電話してから、ちゃんとまっすぐ帰るよ。
ひな先生、頑張ってね。いってらっしゃい。」
私たちは、どちらからともなく手を差し出した。
名残惜しくしみじみと握手・・・ではなく。
その手を高く挙げ、互いに向かって勢いよくパチンとハイタッチした。

「じゃあね。気をつけて・・・!」
私は、なんでもない風にそのままサクから離れ、笑顔で手を振った。
サクも笑顔で手を振った。

― 後で私は、痛いほど思い知ることになる。
そのとき、笑顔のサクが本当は何を感じていたのか。
当時、奇想天外な自分の状況に精一杯だった私には、ちっともわかっていなかったのだ。

彼が、この時、どれほど私の心を優先し、どれほど自分の本心を抑えていたかを。

自らの抱えている死ぬほどに強い葛藤、
それをサクは強靭な理性で覆い隠し、私に微塵も見せていなかったのだ。



明るく手を振り続けるサクを後に、私はなんともいえない心境のまま、職場へと向かった。
ひとり歩きながら、まだ手の平に残されたままの、ある不可解な感覚をそっと辿った。

手と手が弾けたその一瞬、サクの中の微細な優しい振動が、流れてくるような気がした。
これを、なんと表現すればいいだろう?
触れたはずなのに、まるで抵抗のない空気のように、五感のフィルターをすり抜けていく。
その不思議な感覚は、皮膚を貫き、細胞の奥深くまで響いて、全身に共鳴するように広がっていった。
優しい、優しい波風が、さぁっと海面を撫でていくように。
なんだろう?あの感じは?

― サク、あなたはどこまでも不思議な人だったね。

それは、ほんのささやかな一瞬のこと。
けれど、その一瞬は、決して忘れられぬ感覚として、私の心に刻まれたのだった。

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31.私と、家族と、さよならと。 [日月記録 ~これまでの話。]

帰りの国道は、思いがけず渋滞だった。

現実に引き戻されるように、私は、少し時間が気になりだす。
もうすぐ、授業に行かなければいけない。
突然そわそわする助手席の私に、サクは余裕の笑顔を送った。
「大丈夫。3時にちゃんと送り届けるから。」
・・・んん?なんだろう?その確信。
いくらなんでも、初めて大阪にやってきたサクが、この渋滞を予想していたわけではあるまい。
けれど、なんとなくその雰囲気に押され、信じてしまうのはなぜだろう。

排気ガスの起ちこめる、見慣れた都会の風景が徐々に近づいてくるのを感じながら、
私は、ふとこれからのことを考えた。

私たちは、これから、どうなるんだろう?
とにかく、サクのママとの約束通り、彼を福島に帰さなければいけない。
なんて云って、お別れすればいいんだろう?「またね」と?
・・「またね。」か。
でも、待って、それっていつになるんだろう。

大阪と、福島じゃ、簡単には会えないだろう。
遠く離れた生活に戻って、私とサクは、どんな関係でいればいいのか?
遠距離恋愛とか、恋人同士として付き合うとか、そういう関係にも違和感を感じる。
そんな枠には収まりきれない。そうはしたくないし、できない気がする。
とはいえ、もちろん、今すぐ一緒になるなんて、あまりにも非現実的なことだった。
結婚なんて、もちろんとんでもない。
少なくとも、私の家族の理解を得るのは、相当な時間が必要だろう。
その頃、私の実家では弟の結婚が決まったばかりで、結納やらなんやらでとてもバタバタしていた。
そんな中、変な誤解や心配をさせたくなくて、サクのことは話していない。
このあまりにも不可思議なサクとの経緯を理解してもらうのは、とても骨を折る作業のように思えて、
考えるだけで気が遠くなった。
ましてや、教養や常識を何より大切にしている両親が思い描くような、ごく一般の家庭が築ける相手でもない。今のサクは無職で無一文も同然だ。
家柄がどうのとか、社会的な身分とか、学歴とか、
そんな話になれば、親戚まで巻き込んでもっと複雑な展開になるだろう。
政治家の血を引く両親が、私の相手にと望んでいる社会的な安定性は、当時のサクには皆無に等しかった。

私は、長女としてとても両親から大切に育てられてきた。
どれほどの愛情と恩恵を受けてきたか、どんな言葉でもうまく尽くせない。
それまでの私の過ちを、途方もない大きな器で受け入れ続けてくれた親心を思うと、それだけで涙で視界が滲んでしまう。
ときに厳しく頑丈な壁として私の前に立ちはだかり、それでも最後にはどんな私も、受け入れ続けてくれた唯一の絆。
死ぬほど傷つき苦しい時期にも、家族という戻るべき場所があったから、私は今日ここまで来れた。人生で最大の恩人。
私にとって、いつだって、世界で一番失いたくないものは、家族だった。
両親を失うくらいなら自分が死んでしまいたいと、小さな頃から本気で願っていた。
どうしたって切り離せない、自分の一部だった。
何をしていても、どんなときも、心の片隅には家族がいる。
それは今も同じだし、おそらく一生変わらないだろう。

サクもそれを暗黙のうちに知っていた。
そのときの私の心は、サクと共に居たいと思う以上に、家族を選んでいることを。

一緒になるには、時間が、必要だ。
そのときまで、別々の人生を歩むしかない。
おそらく、離れていようが、近くに居ようが、この心のつながりは無くなりはしないだろう。だから、どうか焦らないで。
そこから先のことは、いくら考えても、わからない。なら、考えるのはやめよう。
来たるべく、今は、流れに任せよう。

しばらくの沈黙のなか、私はサクに、心の中でこんな想いを送った。
無言のまま、サクは、それをすべて受け取っていた。

私は、最後に云った。
「サクに逢えて、よかった。」
サクも云った。
「オレも。」

それ以上のことは、二人とも何も云わなかった。










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30.最後の人、最初の人。 [日月記録 ~これまでの話。]

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山の風景は、心をクリアに、そしてシンプルにしてくれる。

とりわけ、サクは木を眺めるのが好きだった。
私たちは車に戻ると、少し奥まった山道をさらに進んだ。
生命力に溢れる樹木を見つけるたび、彼は子供みたいに無邪気に
大きな感嘆の声をあげた。
「木が、話しかけてくる」とサクはいう。

「カネを崇拝して盲目になってる奴らは、わかってない。
そのせいで、こいつらがどれだけ無駄に殺されてるか。
オレは、泣き叫んでる木の魂が、わかるよ。
・・って云っても、誰も信じないけど。
木の感情がね、いっきに自分に入ってくると、すげえ辛いんだぜ。
夜中に涙が出てとまらなくて、眠れねえ。
気がつくと、ごめんなって言いながら泣いてるんだ。
どうしていいかわからなくなる。」

木のことを、サクは今でも友達のようにこいつら、と呼ぶ。

「あ、ここにしよう。」
目の前には、両腕を大きくくねらせて、天を仰いでいるような、威風堂々たる一本の巨木。
そこで車を止めると、サクは、その木を眺めながら自分の過去について話した。

良いことも悪いことも包み隠さず、普通なら触れたくないような最も暗い過ちまで、
恥じることなく躊躇うことなく自ら滔々と語った。
私も同じだった。
心が開けっぴろげのサクの前で、下手に取り繕ったり、不格好な自分を隠したりすることは
とても愚かなことに思えた。
互いのどんな過去を聞いても、戸惑うことも動じることもないのはどちらも同じだった。
常軌を逸するようなサクのあらゆる言動を、ごく自然に受け入れている、
そんな自分が不可解なほどだった。

サクが話した過去の中には、五年以上深く付き合っていた、ある恋人の話も含まれていた。
遊び人のサク、数々の女性遍歴があったことは改めて聞くまでもない。
けれど、彼女だけは特別な存在だったとすぐにわかった。
― それは彼が、二十歳を過ぎた頃、嘘のようにぴたりと悪事を止めた理由が
その女性のためだった、と告げたことで。

3つ年上で快活な姉御肌、しかもトラックの運転手だったという彼女は、
どうやら私とは全く違うタイプだったらしい。
社会的善悪の区別がめちゃめちゃで、どんな教師も警察も手に負えなかった当時のサクを、
明るく大きな愛情で「更生」させてくれた彼女は、彼にとって、かけがえのない存在だったに違いない。

「あるとき、結婚してほしいと言われた。
まともな仕事を見つけて一緒に家庭を築こうって。
でも、どうしてもそういう気にはなれなかった。
そしたら、泣きながら言うんだよね。
なら、結婚はいいからオレの子供だけでも作りたいって。
だけど、やっぱりそれもできないと云った。
理由?特にない。
ただ、それは単純に無理だって思ったから、そう云った。
それだけ。
彼女は納得できないから、もめるよね、当然。
それがきっかけで別れた。
最後の台詞は、
『私とこれ以上一緒に居ると、貴方がきっと駄目になっちゃうから』って。
とても優しくてイイコだったよ。」
とあっさり彼は言った。

「そっか、・・そうだね。
めちゃくちゃだったサクと五年も付き合えるんだから、
そうとうな器の持ち主じゃなきゃ、無理だよ。
それも、最後までそんな風に、サクのこと、想えるんだから・・」
私は、サクの言葉を聞きながら、その女性の姿をなんとなくイメージしていた。
サクが最も長く過ごし、最後に好きだった人。
強い愛情で、好きな人を自分から突き放せるほどの女性だ。心がよほど深く、素敵な人に違いない。
なぜだろうか、まるで自分の思い出を懐かしむように、心がトクトクと震えた。
私の知らない過去のサクを、それほど愛した女性のことを、むしろもっと知りたいような気もした。
もちろん、そこには幾分かの切ない気持ちもあったが、嫉妬のそれとは違っていた。

そしてー、
一見冷酷な、けれど自分の気持ちに嘘をつかないサクの在り方。そこに私は、自分にない潔さを感じた。
傷付けまいと思いやることが、かえって相手を縛ることになる場面を、私は幾度も見てきたからだ。
もちろん、自らを通しても。

突き放すことも、かといって受け入れることもできず、ときに人を依存させてしまうのは、
本当の思いやりからじゃない、私が卑怯だっただけだ。

サクの優しさと私の優しさは、違う。
私が、いつも誰かに冷酷になれなかったのは、目の前の相手への愛からではなかった。
「優しさ」という隠れ蓑で、自分をごまかしていただけ。
本当は、返ってくる摩擦の痛みを避けようと無意識に働く、自分の臆病さゆえだったのではないか。
それは結局、自分だけでなく相手の歩みさえ不自由にする。

サクのように自分の気持ちに正直になれる強さが、私はずっと欲しかったのだ。


「…そんな奴が、ひなを見つけた瞬間、結婚してください、だもんな。
ワケワカンナイよな、やっぱりオレ。」
まるで他人の話みたいに、カラカラとサクは笑った。

「そうだよ、サク。
しかも、数回の言葉のやりとりだけで。
私がとんでもないホラ吹きだったらどうするの。
やっぱりおバカだよ サクは!」

二人で軽く笑いながら、けれどもあの日覚えた感情は、
サクの一時的な気まぐれでも狂言でもなかったことを、今、言葉にするまでもなく
確信していた。サクも、そして私も。

「云ってることがホンモノかニセモノかなんて、言葉をみればすぐにわかる。
ひなに感じたのはね、
初めから恋愛感情とかそういうのを飛び超えた感覚だった。
生まれて初めて、自分から本気で手に入れたいくらい人を好きになった。
だから、これが最初。
ほんとに愛したことがなかったって言ってた、ひなと、同じだよ。

あの日、mixiでね、初めてひなの言葉をみたら、ひなの魂が見えた。
オレよりいかれた奴がついにいた。この子だそいつだ!って。
だから、いきなり、
『愛してます。一緒にイキテクダサイ』って、
そういったんだよ。」

う・・不覚にもまたサクのペースだ。
嬉しいけれど、慣れてないからリアルな反応には困ってしまう。
私は照れ隠しに慌てて返す。

「サクより、私がイカレてるって?なにさ」
「そうだよ。今頃気づいたの?
じゃ、なかったらここにいない。」

云われてみれば、それもそうだ。
いかにも取って喰われそうな雰囲気の相手と山奥に居る。なんでだろう。

「いつか、わかるよ。ひな。自分が一番ぶっ飛んでるってことに。」
サクはそういって明るく笑った。

・・うーむ?
褒められているのか、貶されているのか、全くもって複雑である。

ま、いいか。悪い気は、しない。


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29.「山の神」。 [日月記録 ~これまでの話。]

二人の歩みの続きです。
(できるだけ、正確に思い出しながら書いておきたいのですが
情景をうまく再現するための、表現力がなくて心苦しいです・・)

*********************************

曲がりくねった比叡山の山道を、まるで川を流れるように軽やかに進む、
二人を乗せた一台の車。
その日の比叡山には、奇妙なほど、他に全く人の気配がなかった。

サクの運転は、まるでタイヤが宙に浮いているのかと思うほど
本当にスムーズで、心地がいい。
もともと車酔いの激しい私だが、そんなことも忘れて窓の外の風景を楽しんだ。

サクは、初めてのルートを、迷うことなく、それどころかまるで先の道を
計算し尽くしてるかのように滑らかにハンドルを切り続ける。

あっという間にドライブウエイを登りつめ、展望台で車を止めて、
私達は昼食をとることにした。
といっても、サクは持ってきたメロンパンを少しかじっただけで、すぐに
手を止めてしまった。私も同じだった。胸がいっぱいで、喉を通らない。

私はともかく、彼はこの数日ほとんど何も食べてないはずだった。
昨夜渡したお金も水と歯ブラシを買ったくらいで、
ほとんど使っていないらしい。

「おなかすいてないの?家出てからずっと食べてないんでしょ?」
私が心配になってきくと、サクはなんてことなくあっさり応える。
「うん。食べてないし、眠ってもない。」
そうかそうか・・・って、えぇっ?
目が点になっている私を横目に、サクは続ける。

「・・食欲、睡眠欲、性欲、コレって人間の三大欲求だっけ?
今、そーゆう身体の欲求が全く消えちまった。
地元の友達は気味悪がって、人間じゃねえとか言う。
なんだろうね?オレにもわかんねえ。
でも、大丈夫だよ。絶好調だから。
身体が軽くなると、意識がもっと鮮明になる。フル回転してんだ。
パンはすげえうまかった。ありがとね。
…さてと、せっかくここまで来たから、ちょっと外の空気吸おっか。」

そう言ってサクは、車から降り、身体を伸ばした。
景色の見えそうな場所を探しながら歩きだす。
私も後に続いた。

「う…デカい!」
このときまで、車内の横顔しか見てなかった私は、
彼の後ろ姿を追いながら改めて思い知った。
予想以上にサクは大男だった。
というより、こうして客観的にみたところ、やっぱり人間を狩ってそうな
山賊にしか見えない。
派手な民族系衣装の下は、巻スカートのタイパンが風にヒラヒラとなびいてる。
着こなすファッション性も凄いが(ただでさえセンスがない、凡人の私には
一切理解できない)、いくらなんでもこのド迫力の体格に長髪と長髭、
…ちょっと怪しすぎるでしょ。
私は苦笑いしながら隣に立った。
本当に彼は、この時代の日本人なのか、タイムスリップでもしてきたのか。
いや、そもそも人間なのか…?
まさかほんとは霞食べて生きてる仙人なのでは・・?
な~んて、あれこれ頭を抱えそうになる間もなく、視界を捉えたのは広大な麓の景色だった。

その景色は目が覚めるほど美し……かったかどうかは正直ほとんど記憶にない。

ただ、ふと我に返り、この現実離れしたシチュエーションに、自分は
どう振る舞えばいいのかわからなかった。

サクもまたそんな感じだったのだろう。
今は、恋人でもなく、友達でもない。
家族のようで、けれど他人で、自分自身のようで、自分と対極にある人。
どれでも当てはまりそうで、どれにも当てはまらない。
隣りに立ちながら、心は重ねても体の物理的な距離感がよくわからない。

「本当はさ、デートで山って来ちゃいけないんだよな」
「? そう?なんで?」
「よく云うじゃん。山の神様が嫉妬するんだって。知らなかった?」
へぇ~×10。そうなんだなるほど! 私はあははと笑った。

視線の高さは、30センチものさし分くらいの差があるだろうか?
横の私が、すっかりお子さまにみえるくらい、大きくて長い手足を持て余して、
ちょっと戸惑ってる素振りが滑稽で可笑しくて、私はその分力が抜けた。

荒ぶる神みたいに不敵な雰囲気だったサクが、その瞬間、なんだかやんちゃ
な子供みたいに見えた。
この人の前では、飾ったり、装ったり、そんなことは無意味なことだな。
そんな空気が心地よかった。

そういえば・・・、
元々は高野山で会う約束だった。
しかしどういう訳か今、一緒に見ているのは、比叡山からの景色だ。
高野山の空海と比叡山の最澄、
互いはライバルだったというが、本当のところどうだったんだろう。
思想が違えど、二人も深い縁で繋がっていた魂同志には違いない。

どちらにしたって、私にとっては両方、大切な仲人の山神サマだな。
いや、サクこそ、この出で立ちからして、山の神っぽいけど。
・・そんなどうでもいいことを、ふと思ってはひとりで吹き出しそうになった。

サクと話していると、思想、哲学、宗教、科学、神と仏…
現在・過去・未来、植物・動物・人間・・・
それらの境界線がなくなって、ひとつの大きな「意志」のようなものへ
じわりじわりと繋がっていくような気がする。

目に映る一切の森羅万象が鮮明な色を持ち、語りかけてくる。
自分の中で、バラバラだったひとつひとつの事象が、矛盾していた現実が、
自然に止揚されて「ひとつ」にまとまっていく。

言葉にするのはとても難しいが、とにかくそんな神妙な感覚になるのだった。



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28.つながる想いと約束と。 [日月記録 ~これまでの話。]

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はかない幻なら、いらない。
真実だけを掴みたい、
そう思って、生きてきた。

けれど、ひとつの出逢いが私を変えた。

一瞬が永遠に変わる空間。

車内いっぱいに流れるその歌声を浴びながら、私は思った。

これが、ひとときの夢でも構わない。
たとえ幻なら、もう覚めなくてもいい。

私ごと、消えてしまったって構わない。 と。




「不思議だよな・・」
「不思議だよね・・」
やがて曲が終わり、それぞれの金縛りを解くように、ため息と共に、互いに呟いた。

私は焦点の定まらぬまま、窓越しの空を眺めながら、言葉を重ねる。

「そうだ。
サク、私ね、なんでかわからないんだけど、
よく仕事の帰り道、夜空見ながら思ってたことがあるんだ。
それがね、月に向かって沸いて出る言葉が、自分でも変なのよ・・。
『いつか、還ります。迎えに来てください。』って、言ってるんだよ。おかしいよね。
どうしてそんな風に思うのかわからないけど、そう呟きながら泣いてたことがある。
そんな姿を見てたわけじゃないのに、お母さんにも言われたことがあったな。
あんたがいつか、どっかに行ってしまう気がするって。
どうしてそんなこと、思ったんだろうね。」

笑いながら、涙が流れていた。

「サクと出会うまで、私、誰かと心から愛し合ったことってなかった。
 他の誰かと、同じくらいの想いでお互いに通じ合ったこと、なかった。
友達も、恋愛も、男性も、女性も、そう。
だから、この世にそんな関係なんて、ないのかもしれないって思い始めてた。

私にとって恋愛はね、憧れでしかなかった。
心底好きになれない男の人と付き合ったりできるほど、器用でもなかったし、
むしろ、ひとりでいる方が好きだった
だから、きっと生涯結婚もせずに、神とか見えないものとか、探しながら
一人で生きていくんだと思ってた。

・・・だってね、
今までいつも、人をとっても好きになった途端、想いを告げる間もなく別れが来るの。
まるで、作為的にしかけられてた出逢いだったみたいに、さよならが、来るの。
友達もそう、仲間もそう。
それが、私の宿命なのかなって思ってた。
だから、悲しむのが分かっているなら、もう誰かを特別に好きになるのをやめようって。
そう言い聞かせた。
大好きなのは、家族だけでいいって。なによりも誰よりも、家族が好きだった。
それだけで、いいやって、諦めてた。
そしたら、サクが来たんだよ。姿かたちもなく、言葉だけで。

・・・初めて会ったはずなのに、サクは私のそれまでを、全部知ってるみたいだったね。
私のこと、何も話していないのに、この歌詞の『風の人』だといった。
歌を聴いて、あんなに涙が流れたことなかったよ。」

サングラス越しのサクの穏やかな瞳は、時折潤んでるように見えた。
そして、低い声をさらに低くして言った。

「わかるよ。全部。
ひなちゃんのことなら、初めから訊かなくても何でもわかってた。
ひなが喜ぶこと、考えてること、悩んでること、全部、わかってた。
言ったろ? 
オレは、ひなの神様だよって。」

それは、疑う余地もないほど自然で、確信に満ちた言葉だった。

「オレ、相当大嘘つきだけど、
ひなには、嘘、ついたことない。」


何もかも投げ出してここまで来た彼に、
一体何を疑えるだろう。

彼の心は、一体どこまで透明なのかー、

その頃の私は、ただ驚くこと、泣くことでしか感動を示せなかった。







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27.あなたが私で、私があなたで。 [日月記録 ~これまでの話。]

次の日は、朝から快晴だった。

私は、パン屋の奥さんに事情を話し、急遽休みをもらった。
宇宙人やらUFOやら、不思議な話がよく通じる彼女とは、とても付き合いが長く、
まるで親友のように何でも話せる関係だった。
当時私が、サクとの奇怪な関係をひそかに打ち明けていた唯一の人だ。
「あとで、いろいろ聞かせてね」
行きがけに寄ると、そういって焼きたてのパンと一緒に笑顔で見送ってくれた。

一方、塾の方はそうもいかない。
午後からは子供たちの算数クラスがあり、代わりのコーチがいないため、
簡単には休めそうもなかった。
当時の私もまた、多くの人がそうして何かを犠牲にするように、盲目的に
なにかに駆られるようにして働いていたのだ。
「わかったよ。大丈夫。3時に、ここに戻ればいいんだよね。」
サクはあっさりそう言って、車のエンジンを掛けた。
「さて、どこに行こうか。やっぱり、あそこかな。」

ナビもない古い車。そして、言うまでも無くサクにとって初めての土地。
にもかかわらず、馴染みある道のように迷いも無く車を走らせ、
流れるような運転で比叡山へ向かった。
一方私は、助手席の窓から、
目に飛び込んでは泳いでいく見慣れた地元の景色の数々を、
まるではじめて出会う世界のようにぼんやりと眺めていた。

サクの隣にいると、自分という境が消えてしまうようだった。

心とか、感情とか、他人に感じる様々な感覚、
そういったものがまるで別の次元のもののようで、
私から自意識そのものが消えていた。
胸が高鳴るとか、緊張するとか、気持ちを確かめ合うとか。それを恋心と呼ぶならば
その駆け引きの一切を圧倒するほどのこの感動をなんと呼べばいいのか・・・、
そのときの私はただ呆然とするばかりで、何が起こっているのかわからなかった。

自分で自分を感じるのは難しいように、他者に何かを感じるにはなんらかの「隙間」があるからだ。
しかし、そんな距離すら一瞬で失ってしまうほどに、まるで空気のごとく自然に心を重ねていた。

私は誰だっけ?あなたは何者?
あなたは、私の心ようで、私は、あなたの心のようで・・

いま、ここは、変わらず私の現実なのか、実は別の世界なのか・・。

比叡山の景色を眺めながら、私たちは一瞬も途絶えることなく言葉の綾取りを続けた。

過去のこと、今のこと。
友達のこと、家族のこと。
子供がする会話みたいに、馬鹿になってお互いのことを話した。
生まれてから今までのことを辿るように。
別々だったそれぞれの川の流れを合流させるように。

そして、ただ無邪気に笑い合った。
息をするのも惜しいほど、瞬きすら忘れるほど、そのひとときを全身全霊で吸い込んだ。

言葉どおり、我を忘れる時間だった。否、時の流れすら、忘れていた。

サクは、私に指先一つも触れなかった。
それでも、瞳を合わせるだけで、心を通わすには十分過ぎた。
お互いの交わす声は、言霊を宿すように魂深く染み渡り、全身の細胞を震わせていた。

取り違えようもない。自明と呼べるほどの深い認識が、そこに生まれていた。
S極とN極のように、真逆のベクトルを持ちながら、古今東西、ふたつでひとつだったこと。

それぞれが、決して選ぶことのできない道を歩んできた、もうひとりの自分であるように、
同じひとつの魂の源を共有していること。

その喜びと発見を、どんな感激で表現すればいいだろう?
その神秘と畏敬の念を、どんな祈りで感謝すればいいのだろう?

すでに言葉の限り、五感の限りでは、あらゆる枠に収めることに無理があった。

ただ、生まれてはじめて覚えた、震えるように心地よい至福の感覚に、
心がひたすら子供のようにはしゃいでいた。

夢なのか?現実なのか?それとも、もっと違う「どこか」にいるのか?

そのとき、私とサクの過ごした空間は、日常とは全く違う世界を行き来しているようだった。



まるで、そこだけ切り取られた、密度の違う小宇宙に居るかのように。


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そうして、滝のように続く言葉のやりとりの途中、
二人が唯一、同時に言葉を失ったのは、車のスピーカーからある曲が流れたときだった。

それは、出会って間もなく、
サクが私の曲だと言った曲、「風の人」。

初めて肩を並べて一緒に聴くこの曲。

そのとき、深い沈黙が訪れ
私はそのときようやく、「我」という箱に還った。


そして、この出会いを与えた「大きな何か」への
言い知れない畏敬の念が胸からこみ上げ、涙が溢れた。


この出会いを奇跡と呼ばずして、なんと呼べばいいのだろう?




私の花は 幾度咲いたでしょう
私の花は 何度散ったでしょう

ああ 風よ
流れてゆく
人は 幾度 出逢い
何度 別れるでしょう

この季節が来ると 思い出します
瞼の中に 輝いています

さよならだけを 積み重ねました
何かに会いたくて
生きて来ました

私は夢を 幾度見たでしょう
私の夢は 何度消えたでしょう

さよならだけを 積み重ねました
何かに会いたくて
生きて来ました

こぼれる涙 あなたからの贈り物

あなたと出逢うために生まれてきた
あなたと生きるために生まれてきた

さよならだけを積み重ねました
あなたに会いたくて
生きて来ました

あなたと出逢うために生まれてきた

あなたと生きるために生まれてきた


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26.天の川 続々 SPサイヤ人? [日月記録 ~これまでの話。]

真冬の空の下、私とサクは人目も寒さも忘れてしばらくそのまま言葉を交わしていた。

どんな会話だったのかは、今となっては余り覚えていないのだが、
とにかくサクは私を絶えず明るく笑わせた。恋人というより、まるで古くからの親友のように。

口下手な私が、何かを言葉に変換するよりも前に、サクは
その内容をいち早く覚るかのように口にした。
まるで、心のうちを見透かされてるようだったが、少しも悪い気がしなかった。
むしろ、打てば響くような互いのやりとりが、とても心地よかった。

不思議なことに、サクと一言交わしたその瞬間から、私の心から
それまでの不安や心配はことごとく吹き飛んでいたのだ。

いろいろ聞きたかったことはあったが、すべてがどうでもよく思えた。
他の誰がどう云おうと、サクは危険でもないし、狂っているわけでもない。

なぜか、どんなに暴走したとしても、サクの言動は全部自分の手の内にあるかのような、
すべてを笑って包み込めるような、そんな揺ぎ無い安心感がそこには生まれていた。

私の前のサクは、無邪気で饒舌な、面白い少年のようだった。


- やがて、夜も更けたので、私とサクは、次の日の朝8時に
もう一度同じ場所で会う約束をした。

聞くと、ポケットの小銭もほとんど残っていなかったサク。
せめて何か飲み食いするようにと少しお金を渡し、
自宅に連絡してママたちを安心させることを指きりして、その夜は別れた。

サクは、今も昔もそうだが、自分から何かを要求することは一切しない。
すべての状況を、訪れるがまま、楽しんでいる感じだ。
だから、周りが心配するほどには、本人はなんの問題も感じていなかったりする状況が
果てしなく多いのだ。
・・ただし、ほっておくと、そのまま勝手に和やかに昇天してしまいそうだから困る。


ちなみに、後々自分が体験してマザマザと思い知るのだが、極寒の夜を一晩、
車内で明かすのは地獄である。
エンジンを切って数時間もすると冷蔵庫の出来上がりだ。
そういう現実を、そのときの私もサクもいまいち懸念していない状況だった。
サクがそうしたいと云い、私も、それならば、とあっさりそれを受けた。


私も、正直、一般人とちょっと感覚がずれていたり、元々宇宙人と呼ばれたりする部分が
よくよくあったりしたが、そのときのサクはそんな比ではなかった。
まさに、スーパーサイヤ人、無敵の意識状態、である。
人間として、どこまで心配していいのか、もうこうなったらわからない。
四文字熟語で表すなら、
自由奔放、傍若無人、天真爛漫、天下無敵、唯我独尊・・・否、どれもしっくりこない。
・・無茶苦茶。これだ。これしかない。


心配って、一体どこまですればいいんだったっけ?
・・・・・こんな変な疑問まで沸いてくる。


サクと出会ってからは、
私の脳裏から常識という文字が音を立てて崩れていく、そんな瞬間の連続だ。


25.天の川 続。ゾクっ? [日月記録 ~これまでの話。]

ローソンの脇には、一台の白い車。
間違いようもない。そこにサクはいた。

車の中から、遠目に私をすばやく見つけ、笑顔で手を振る。
そして、まるで昔からつるんでいる親友のように、緊張感の欠片もない砕けたしぐさで
にこやかに窓から顔を出す。
「ひなちゃん、ど~も~。」
な、なんだこのユルさ。私が纏ってるこの切迫した空気感を、どうしてくれよう。
「サク・・・なにやってんの!」
劇的なシチュエーションだというのに、私も私だ。
開口一番、まるで腕白な弟に叱ってるみたいな口調になった。ロマンティックのかけらもない。

「ひなちゃんに、会いに来た。約束を果たしに。」
初めて見るサクの姿は、いつか見た夢の男性とあまりにも似ていた。
泣きながら、「また今度会おうね」とお別れした恋人の夢だ。
・・とはいっても、尋常な人間の格好ではない。

まさかとは思うが、(数少ないはずの)読み手なかに、もしも映画のようにさわやかな王子様の登場を
期していた方がいたら、ここで心から謝罪しておきたい。
暗がりでよく見えなかったが、眼が慣れるに従って浮き上がってくるその姿は、
まるでモンゴル辺りにでも出没しそうな危険な原住民・・・というより山男の風貌だった。
腰まである長髪を後ろに束ね、ヤギのようにのばした髭。
断食のせいで少しこけた頬に端正な目鼻立ち。暗闇で鋭く光る獣のような瞳。
そして、身に着けているのはど派手な民族衣装とポンチョ。
どこで買ったのか聞きたくなるほど異彩を放ったアクセサリー、というより装飾品の数々・・。
耳にはもちろん自力でこじ開けたような、いくつものピアス。

一言で言えば、よく今まで通報されなかったなあと思うほどの不振人物っぷりだった。
これは、明らかに目立ちすぎるじゃないか。

ああ、織姫と彦星の感動の再会の図・・、
というより、これでは狂気の誘拐犯と、いかにも騙されて連れて行かれそうな間抜けな弱者との、
哀れな遭遇、とでも呼びたくなる絵づらである。

24.天の川 [日月記録 ~これまでの話。]

「先生、なんか鳴ってるよ、彼氏?」
子供が冷やかすのを笑って誤魔化しながら、大急ぎでトイレに駆け込む。

「・・もしもし、サク?」
「ひなちゃん?」
緊張でうわずる私の声にかぶさるように、サクの、嬉々とした元気な声がすぐに返ってきた。
家族が大騒ぎするほど大胆な行動を起こしたとは思えないほど、
のんびり明るい声のトーンに、私はがくんと拍子抜けした。
毎度のことだが、サクの神経はまったくわからない。というより神経なんて無いのかもしれない。

言葉を選ぶまもなく、トイレの入り口から、子供の声が聞こえる。
「先生、サクってだあれ?ねえ、誰としゃべってるのぉ~?」
・・おお、とにかく今は、あれこれ話してる余裕はない。
「サク、今、どこにいるの?私、今から塾を出るから、電車でそこに向かうよ。」
「・・んーと、今ね、○○駅のローソンの駐車場にいるよ。」
のほほんとしたサクの答えに、私は一瞬、耳を疑った。
「・・・○○駅のローソン?」
私は、信じられずにひつこいほど何度も聞き返した。

なぜなら、そこは、職場のすぐ真後ろだったからだ。

「・・・サク、それ、こっから見える場所だよ。
私、すぐそばにいるよ。なんでわかったんだろう?私、教えてないよね。
・・まあいいや、とにかくすぐ行くから、待ってて。」
私も、いいかげんこの不可解な展開に慣れていた。
今更理由を聞くのもバカバカしいようにさえ思えた。サクはとにかく普通の人間じゃない。
シックスセンスとかいう超感覚と、第三の眼で生きてる人なのだろう。
「わかった。待ってるよ。」
もちろん、何の動揺も見せず、当然のように意気揚々と答えるサク。
ああ、私、いよいよ異次元へ連れて行かれるかもしれないわ・・・ふとそんな懸念が胸に広がる。
「私がここへ来なかったら、怪しい人物に拉致されたと思ってね・・」
・・近くの大学生スタッフに思わずつぶやいたこの冗談が、やがて現実になるとは、
このときの私は知らない。

「センセ、誰~?誰なの?サクって!」
大げさに冷やかし携帯を見ようとする生徒を宥めながら、大急ぎでタイムカードを切り、
小走りでローソンへ向かった。

すぐそばなのに、一歩一歩がなんて長いんだろう。

初めて会うサク。お互い、特徴も何も知らないけれど、サクがいうように運命の相手ならば
きっと会った瞬間、私のうちに何かが起こる。

怖いようで、楽しみなようで、
出会ってはいけない人のようで、出会うべき人であるようで。

とうとう、このときが来てしまった。

魂と魂で結ばれたという、約束の相手の姿を見る瞬間。
夢か、幻か。嘘か、真実か。
そんなことは今の私には、わからない。

とにかく行けばすべてわかる。

そんな気がした。



・・サクはそのとき、すでに知っていたのだろうか。

彼の待つ場所の横手には、
ちょうど川が流れていたことを。


そして
その川の名を、「天の川」ということを。

七夕伝説ゆかりの場所ー、
そこで、私とサクは初めての出逢いの瞬間を迎えた。


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