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23.わたしの職場 [日月記録 ~これまでの話。]

その電話の後、私は気もそぞろのまま職場に向かった。

当時、私が勤務していたS学園は、地元でもわりと名の知れた進学塾で
主に中学受験を目的にした小学生が集まる場所だった。

難関受験が目的ということもあって、そこにはいつも慌しくも張り詰めた空気がある。
正直、のんびり子供と向き合いたい私にとって、居心地のいい適職とは云いがたかった。
とはいえ、そこで築いた子供たちとの繋がりは、その頃の自分の活力の源でもあったこと、
そして、様々な問題を共に越えてきた職場のスタッフとの親睦が深かったことが、
仕事のやりがいに結びついていた。

ただ、社員として働く気持ちにはどうしてもなれず、その頃、
次長や塾長からの度々の説得を、何度も辞退していた。
どうしたら失礼なく断れるかばかり考えていたために、日々、胃が痛く
居心地の悪さがむしろ余計に増していた。
そのために、今期を最後に、辞めることも考えていた時期だった。

実際、彼らの好意を断る理由なんかなかった。
むしろ、このご時勢、本当にありがたいことだった。
ただ、なぜか、サクに出会う少し前から、
自分がここから離れる日が近いことを予感していた、それだけだった。


そこでの私の役割は、事務スタッフという名目でありながら、個別で子供の補修を担当したり、
アルゴクラブという幼児算数教室のコーチとして授業を請け負うことだ。
子供たちの登下校の送り迎えなんかもする。
要するに状況に応じてなんでもありな、とにかく慌しい役職だった。

新規のプログラムの担当だったので、代理の先生もまだ居らず、簡単には休めない。
しかも、受験シーズンの真っ只中だ。
当然、学習塾にとって、一年の中では最も忙しい時期である。
帰宅が23時以降になることも、少なくなかった。

その日は、残業がなければ、授業が夜の21時に終わる。

サクと連絡がついたら、
その時間ちょうどに、私の携帯に電話をいれてもらうことになっていた。

そうしたら、場所を聞いて、会いにいけばいい。


・・・それまで、ガソリンはもつのだろうか?
危ないことして、警察沙汰になってないだろうか?
終電に間に合う場所にいてくれればいいけれど・・・。


懸念すべきことはいろいろあるけれど、今は、
自宅に再びサクからの連絡があることを信じて、ママに任せよう。
そこから先のことは、そのとき考えるしかない。

・・自分に言い聞かせるように、出勤のタイムカードを押す。

こんなとき、子供たちと過ごす時間は、本当に心救われる。
そうでなければ、一分一秒、どうしたものかと余計な心配で
神経を磨り減らしていたに違いない。

案の定、忙しさのあまり、悩んだり、あれこれ気をもんでいる間もなく、
無邪気な子供たちと思い切りはしゃぐうちに、あっという間に時計は21時を指していた。



「ブルルルルル・・」
チャイムとほとんど同時に携帯が震えた。



22.ママとの会話 [日月記録 ~これまでの話。]

知性的な文面からも伝わってくるとおり、
サクのお姉さんは、社会的な地位をしっかり持った常識人だった。

とても利発な方で、地に足のついたキャリアウーマン。
家庭を持ち、子供もしっかり育てている。

まともに働いたこともないサクとは、生き方が対極ともいえる。

私にも弟が居るが、
そういえば物心ついた頃から性格も得意なことも正反対だった。
同じ環境にいながらも、真逆の生き方を選んだりするのだから、
姉弟ってわからないものだ・・。


さて、お姉さんとのメールでの数回のやりとりの後、
私が電話で直接言葉を交わしたのは、サクのママだった。

というのも、サクのお姉さんは、
大企業の第一線で働いていたので、普段は出張などで全国をあちこち走り回っている。
日中はなかなか連絡がとれないのだ。
そこで、実家で待機しているサクのママに、現状を聞いてほしいとのことだった。
おそらく、本人からの連絡がどこかから実家に入るはずだから、と。

私は少し緊張しながら、サクの自宅に電話を掛けた。

「ひなちゃん?」
受話器から始めて聞くサクのママは、
信じられないくらい穏やかで優しい声をしていた。

「電話してくれてありがとう・・・。」
激しく動揺しているはずなのに、私に気を配っているのだろう、
それを一切感じさせないほど、本当に落ち着いた口調だった。

サクのママもお姉さん同様、サクから私の話をよく聞いていたようで、
私の素性について何も聞かなかった。お互いへの信頼の上で、言葉を交わした。
そのせいか、初めて会話する相手と思えないほど、家族にも似た親しみを感じた。

たった数分の会話だったが、心を通わすには十分の時間だった。

私に、何も隠すことはない。
サクとの経緯について、ありのままを伝え、できることはなんでもする旨を告げた。

ママによると、携帯をへし折って音信不通になっていたサクは、
なけなしの小銭で、途中、
公衆電話から実家に電話を掛けてきたらしい。

彼は、すでに大阪に入っていて、どこかの山にいるとのことだった。
相変わらず不安定な状況で、このまま私の存在が確かめられないならば、
命を絶っても構わないというほどの口ぶりだったようだ。

どこまでも困ったヒト、サク。
大阪という以外、住所もなにも知らないくせに、
しかもほとんど無銭で車を暴走させ、ほんとに大阪まで来てしまった。
そして、今、山に居ると。
さすが山男・・じゃなくて、なぜ山なんだ・・。
私がそんなことに住んでると思ったわけでもあるまい。

・・・ああ、もうそんなことはどうだっていい。
今更サクの奇行についてあれこれ考えてもしょうがないんだ。

なんて無茶苦茶をするんだろう。警察に追われてなければいいけれど・・。

とにかく、私が直接彼とやりとりしないことにはどうしようもなかった。
ただ、こちらからの連絡の手段がない。
サクから、自宅にもう一度連絡があるのを待つしかなかった。

「もし、連絡が来たら、ひなちゃんから電話があったことを伝えるから、
どうか今夜サクと会って貰えるかな。
そして、帰るように説得して貰えるかな。
・・・それからね、本当に申し訳ないのだけど、
帰りの交通費だけでも少し渡してやってほしいの。
後からサクに聞いて、必ず返すからね。
どうしたって、今、一文無しだと思うからさ・・
ほんとうにごめんね。」

こんなに穏やかで
まっとうな人間性に満ちた、母親の鏡のようなママから、
どうやってサクがこんな風に豪快に育ったのかは未だに謎である。


・・彼と会うことを、家族からこれほど懇願されるとは思いもしなかったが、
とにかくどんなカタチであれ、サクと対面するときがようやく来たのだ。
そう思うと、なんだか気が高ぶる。


といってもそのときは、嬉しいというよりも、
進退窮まった上の覚悟、という感じだったが。








21.お姉さんからの書簡 [日月記録 ~これまでの話。]

さて、この辺で話をもとに戻そうと思う。

真冬の深夜に家を飛び出し、ほとんど無銭のまま
福島から大阪まで、向かったというサク。

お姉さんから、そのときの様子をメールで頂いたものを、
そのまま残しているので、ここに記しておこうと思う。

正直、少し迷ったが、第三者の目線抜きには、どうしても
サクを語れない気がする。

(お姉さんやご両親のプライバシーにかかわる部分は省いて、
サクについての内容だけ載せます。)

以下、お姉さんからのメール

「 長くなりそうなので、PCで送ります。

サクついて、ちょっとややこしいので
時系列、箇条書きを含めて書いていきたいと思います。
悪いことも含め色々書きます。
姉視点のみなので、実際の事はわかりません。

まず、そもそも素行も良くないサクは
パチンコをしたり、消費者金融に借金をしたり
定職につかずダラダラと今まで過ごしてきました。

一昨年あたり
友達と一緒にアパートを借りるといって実家を出ました。
数年前から、胡散臭いパーティーに参加して
友達を作っていたようです。

職にもつかず、悪いことだとは判っていたものの、打つ手も無く
家族で困っていた状況でした。
それでも、人当たりも良く、バカだけど優しい。
友達も沢山居る、だけど困った弟でした。

神について語ることも、終末論的な話をすることも
殆どありませんでした。

去年の11月の初旬頃
「食中毒かも」といって実家に転がり込んできたサクは
3~4日吐きつづけて、色々な病院で点滴を受けました。
(その1ヶ月前位にも、同じ様な症状で2,3日寝こんだそうです)
その状態から、なんとかかんとか1週間位で復活したのですが
それから、おかしな事になってしまいました。

大量の本を買い込み(宗教、辞書、経済、科学本)
図書館にも通い、お経のビデオを見て、書画をやるという…
そして、母には
”神様の声が聞こえた”などと言い出したそうです。

その頃から、ずっとほったらかしだったmixiにも復帰して
色々書きこみしたり、メッセージを送ったりしはじめたようです。

とりあえず、始めのうちは
「またおかしなことを言い始めた」程度で見ていたのですが
近くの神社仏閣を褒め称え、訳のわからない物を書き始め
写真を撮り、mixiで戯言を吐く…
その過程で、ひなさんとも出会ったのです。

12月の始め頃には”Yたん(お姉さんの子供)を守るため”
と言って断食を始め、みるみる痩せて、顔つきも怪しくなってきました。

その頃から、言っていることが支離滅裂になったりしてきました。

そんな中、12月に大阪に行くと言い始め
行って落ちつくんなら行ってくれば?という雰囲気の中
夜、サクが興奮状態で帰ってきて
「今ダムで、友達とずっとUFOを見てた」というのです。
話半分にあしらいつつ聞いていたのですが、
話の内容はまったくおかしくて
空一面にUFOが沢山居て、その母艦が地球くらい大きかった。とか

もう、訳がわかりません。
そのあとは、益々よくわからない方向に加速する一方…

家族ももう、手におえません。
友達も、同じ様に思っていたようです。

ある日、サクの友達3人が尋ねてきて
”もう怖くて一緒に居られない”
と、言いに来たそうです。
アパートに行ってみたら、ドアも壁も落書きだらけ
窓もドアも鍵は空けっぱなし

その友達も、なんでサクがこんな風になったんだか判らない
知り合いが捕まったから、そのストレスでこうなったのか?
カウンセリングを受けさせてみてはどうか?
そんな話をしていったそうです。

別の友達も、うちに来て両親と話をして行きました。
サクに読んで欲しい、まともになって欲しいと、本も置いていきました。

12月22日頃
サクはふらふらと朝からどこかへ出かけてました。
場所はかなり山のほう、10リットルのガソリンでは
到底家まで戻れません。
持っていったPHSの電池も切れ、父と家で待っていると
どこかの駐在所から連絡がありました。
電話のサクはやっぱり、どこかおかしくて
開口一番「ねーちゃんに借りた本、まだ読み終わってない」と
言い出しました。

とりあえず、現在の位置を聞き出し、父と迎えに行きました…
雪山に色々捨てに行ってきたというのです。

そして、その日か、その次ぎの日だったか
夜、自分の家に居たとき。
深夜1時半を過ぎた頃、PHSに電話がかかってきました。
サクが「ひなちゃんと連絡が取れない」というのです。
家の電話は何度かけても、電話はありませんと言われる
PHSは何度かけてもかからないから壊した。
だから、私に電話をかけて欲しいと言いました。

その時は寝起きだったこともあって、電話番号だけ聞いて
落ちつくように言って電話を切りました。
サクは「夜中にごめんね」と言っていたので
そんなに深刻な状態とは思っていませんでした。

ところが、次の日
サクは大阪に行ってしまいました。

状況はこんな感じでした。
昼、母の会社にサクが「ひなちゃんと連絡が取れない」と電話してきました。
只ならぬ様子に、母は会社から家に戻りました。
その時母は、サクの荷物の中に”木で出来た柄”のような物を見つけ
そっと取り出そうとしたところ…サクがバッとそれを取り出したそうです。

それは、出刃包丁。

帰ってきた父と「近づいたら死んでやる」などというサクを説得し
なんとか包丁だけは捨てさせたのですが
サクは車で出ていってしまいました。
(このとき、母はすっかり憔悴してしまいました)

その時私と父がそれぞれあちこち探しましたが
結局見つからず、サクから連絡待ちをするしか無い状態でした。

それから無銭のまま、大阪へ
ひなさんに会いに行ってしまったのです。

途中で連絡があり、大阪へ向かっていると判ったものの
こちらから連絡を取る手段も無く
ひなさんにメールしたのでした。・・・」






20.サクという人。(3) [日月記録 ~これまでの話。]

昔、ある組織にいた頃、人間の魂の進化の過程について学んだことがある。

魂を持った人間ならば、いつか必ず、生きることの本質を見つめる瞬間が来る。
あらゆる情報や、常識を超えた真理を探し始める、目覚めの瞬間だ。

しかし、それは始まりに過ぎない。
全身全霊で、自分の生活のすべてを、時間を、神を求めることに注ぐようになるのは、
その次の段階だ。
それは一旦、あらゆる常識と握ってきた価値観すべてを手放すことに等しい。
やがて、日常生活そのものが、「行」となり「学び」となり、魂を完成させる「道」となる。
その道の途中で、人知を超えた霊力を得たり、見えないものを認知する能力を持ったり、
神を見たり、人々が驚くような超能力を得たりすることもする。

けれど、それもまた、悟りではなく、幻想であり、囚れの域にすぎない。

私自身も、その過程を見、そのようにして堕ちていく人達を見た。
その力に酔う心が、彼らを迷わせ、依存させ、真実を見ようとする眼を曇らせる。

「道の途中でブッダに会ったら、ブッダを殺せ」という言葉があるように、
すべては幻であり、本人の超えていくべきひとつの壁、課題であるという。
そして、本当に真理を悟った人は、なんの霊力も非凡な能力も捨ててしまう。
誰かを説得することも、主張することも無い。ごく普通の人間生活に戻るのだと。

サクは、そんな最後の過程に向かう魂なのかもしれない。
今も時々そう思うことがある。

ブレーキの利かない人間、という言葉がある。
サクを例えるなら、それだけでは足りない。

ハンドルすらきかない、アクセルだけの生き方、それがサクだ。

物心ついたときから、彼にはルールという文字は存在しなかった。
いまだにこれほど人生をゲームのように楽しめる人間を、私は知らなかった。

一度死んで、あの世を彷徨った体験でさえ、サクにとっては笑い話に過ぎない。
そうかと思うと、普段は冗談めかしていながら、たまに声を低くしてこんなことを言う。

「人が想ってるより、死ぬことはちっとも怖いことじゃないんだぜ。
だって意識だけはずっと続いてくんだから。
むしろ、生きることの方が大変。
生きるってのは、死ぬまでの準備期間だよ。
死ぬ瞬間、どんな意識で死ぬのか。そのための準備期間。」

どれほど愛し、どれほど赦し、この世のあらゆるものを受け入れられるのか。
善であるもの、悪と称されるもの本質を、根はひとつであることを理解できるのか。
たしかに、現実とは、すべてその認識を築くための道具に過ぎないのかもしれない。

ならば、所詮、どんな情報も、現実も、神様が用意した舞台の小道具だ。
それを大切に扱うのはいいが、操られてはいけない。

何かを否定することは、自分の一部を否定することに等しく、
何かを恐れることも、その現実を近づけることに等しい。

それをどう見るか、自分の感性、魂の瞳だけが、真実だと。

一生の中で、受け入れられるものを、どれだけ増やせるのか。
私は、いつもそんな風に思いながら、生きてきた。

理解し、愛せる現実 とは 自分の信じる神の大きさ に等しいようにすら思う。

そして、すべてを信じることは、なにも信じないことに、等しい。

すべてに意味があると信じることは、すべてに意味はないと悟ることに、等しい。

究極の神様とは、無 なのかもしれない。

どんな人間も、どんな現実も、あるがままに笑って受け入れるサクは、言葉こそ少なく、
「神の愛」の本質を、私がそれまで出会った誰より深く理解しているように思えた。


そんなサクが、この世に戻ってきた理由。
彼はいう。

「あの世で、オレは信じられないくらい長い時間、地獄を旅した。
その後、少女の姿をしたひなに会った。
ひなは、ずっと泣きながら、迷ってた。
オレはどうしたの?って声を掛けたんだ。
そしたら、ひな、こう言ったんだ。

自分が地獄に行けばいいのか、天国に行けばいいのか、わからない
ってさ。

だからオレは言った。

地獄はオレが行って来たから、行かなくていいよ。って。

でもさ、ひなは頑固で、
いくらやめとけって言っても聞かないんだ。
ずっと泣きじゃくってた。

だから、こう言ったんだ。
じゃ、生き返って、巡り会おうって。

あっちの世界で、出会ったら、一緒に生きようって。

そして、約束した。
永遠に愛し合うことを。」

約束どおり、サクは、その覚醒した魂のまま、この世に戻ってきた。

この世ではまだ、「出会っていない」、遠く離れた私に会うためには、
一時的に、千里眼が必要だったのかもしれない。
彼が、非現実的なふるまいを続けたのも、過去と未来を行ったり来たりしていたのも
私と一緒になるまで、彼の魂がわざと混乱を起こしていたのかもしれない。

たしかに、頑固な私を手に入れるには、それくらいのカオスが必要だったのだろう。

そんな彼だからこそ、mixiで私の言葉を読んだ瞬間、わかったのだ。
「探していたのはこの娘だ」と。

すべてを失っても、唯一「手に入れたいもの」、それがひなだ、と言ったサク。

 「ひなを救うためにオレは生きてるんだ」
これは、当時よく彼が言っていた言葉だ。

そして、こうも言った。
「オレが、ひなに助けてほしいのかもしれない」
と。
 
今思えば、
彼が、人間として、この世で生きる意味を持てる対象、
それが、私だったのだろう。

あの泣きじゃくって地獄に行こうとしていたという、頑固な私、だ。

20.サクという人。(2) [日月記録 ~これまでの話。]

人は、どこまでまっすぐ純粋に生きられるのだろう。

この制限ある肉体を持ちながら、どこまですべてを捨てて、人を愛せるのだろう、
そして、五感を超えた世界を、魂の本質を、一体どこまで理解できるのだろう。

その答えを、常識という枠組みの内側で、
誰かの理解や承認を得ながら探してきたのが私なら、
常識やルールの外側で、たった一人、誰の理解も得ずに探してきたのがこれまでのサクだ。

私は、いまだかつてサクほど純粋で正直な心の人を見たことがなかった。
なにも恐れず、なにも求めず、心の真実のまま生きる人。
雲ひとつ無い日本晴れ、
サクの心を喩えるならまさにそれだ。

人は、悲しき哉、
死を恐れ、未来に怯える生き物だ。
だからこそ、今を生きるよりも明日のために、挑戦よりも安定を選ぶ。
自分を、そして大事な人を、「守る」ために、嘘をつく。
身体の安楽さのために、魂を削ってはお金に換え、欲望に変え、
自分の心をそっと小さな枠に入れるのだ。

サクの心に制限はない。

一度、命を失った彼は、戻ったときには
「死」を、そして「生」を理解していた。

だからこそ、彼の時間軸には 「今」 しか、ない。

いつも自由奔放に、心のまま、思うが侭、人を、友を愛してきた人だ。

出会った頃のサクには、
常識や世間が肯定するようなアイデンティティは、何もなかった。
学歴はもちろん、身分や肩書きも、職業も財産も。
あらゆる自分の持ち物を、笑い飛ばしながら放棄したサク。

ただ、彼の所有物は、廃車寸前の車と、その快晴のような明るく無邪気な子供のような心。
どこまでも、人の本質を見抜くことができる千里眼。

そして、腐敗した生々しい現実を生きるため、
本当に純粋に生きようとする人々を愛したくて、
自らクズのように振る舞う役割を演じた、古き魂の持ち主。

それがサクのすべてだった。


人は鏡だというが、サクを嫌う人が無いのは、彼に嫌いな人がいないからだろう。

特にサクは、あらゆる分野のカリスマ的なアウトローたちから慕われた。
本人には自覚がないが、その人脈は驚くに値する。

音楽関係、芸術関係、アーティスト、DJ、スケーター、大会社の社長、自衛官・・、
なぜか、それぞれの道に精通する、中でも特に才能ある人々が、
「何もない」はずのサクに磁石のように惹かれ、彼を愛するようになる。
彼の底抜けの明るさが忘れられず、共に居たがるようになる。

サクとの付き合いに、何の駆け引きもいらない。
ただ、彼と居れば手放しで楽しい時間を過ごせるからだ。

そして、まさに類は友を呼ぶという言葉のとおり、彼の友達はみな、
例外なく社会的には多少ずれていても、底抜けに明るく純粋だ。
己の利益よりも恩と情を大切にする。
驚くほど人間的に豊かで、活きた心を持った人達なのだ。

サクは、まるで人間の「魂」検査機みたいだ、と
彼をよく知る友人と話したこともある。
サクが人を選んでいるのか、相手が選んでいるのか、わからない。
その両方かもしれない。

彼に惹きつけられる人、縁ある人は、
決まって何か、人生に生死を越えた価値観を求めている人、
目に見えない真実を見ようとしている魂の持ち主だ。
目覚めた心の目、もしくは啓かれた意識を持った人々、とでもいうのだろうか。
一方、サクに利害関係を求める人、「安定」と「我善し」の色眼鏡を掛けて人生を歩く人は、
彼には不思議に近づけない。
否、そうというと若干語弊があるだろうか。
むしろ、みずから去っていくか、彼ら自体がサクを相手にできない、手に負えない、
といったほうがいいだろう。
価値観の領域が違えば、各々の人生がうまく重なることはできないのは当然だ。

私が、全く自分と別の道を歩いてきたサクを、不思議なほど理解できたのは
もう一度生まれ変わるなら、そんな風になりたいと思っていたからかもしれない。

実際、彼と出会う前に、そのような自由奔放な生き方を志したこともあった。
けれど、不器用で非力な箱入り娘の私には、無理の多すぎる道だった。

サクは、まさに、もうひとつの私の人生、
真逆の方向に二つに分かれた、もう一人の私だった。

神様がこの世に男と女を作ったのは、
この世に光と影があるように、誰もがそんなもう一人の自分を見つけ、理解し、
受け入れるためかもしれない。

そしていつか、分かれた魂がひとつに戻るためかもしれない。

だから、そのとき身近な存在にすら誰一人掴めなかったサクの真意が、
まだ顔も見たことすら無い、遠く離れた私に、
手に取るようにわかる気がしたのかもしれない。

まぎれもなく
サクは、もうひとりの私であり、
私は、もうひとりのサクだった。

「すべてを捨てる」
なんて、口でいうのは誰だってできる。
けれど、常識や世間の目、身近な人の信頼まで捨てて、
心のまま生きることは誰にでもできることじゃない。

相反する極と極はつながるように、
どこまでも自由で居ることは、どこまでも不自由なことに等しい。

どこかの悟った宗教の教祖でさえ、人からの承認や崇拝を餌に生きるものだ。

名立たる人ほど、純粋な愛や叡智からは程遠い。
もしくはそれを得たとしても、徐々に道をあやまっていく。

神妙な見識や、非凡な霊能力に依存することもまた、ひとつの「業」-エゴやカルマと呼ばれるものであり、
その偶像に安んじること自体、「業」を生きることなのだから。


20.サクという人。(1) [日月記録 ~これまでの話。]

真夜中に飛び出し、車で、しかもほとんど無一文で
福島から大阪に向けて暴走したサク。

サクがこの頃どういう状態だったのか、そしてサクがもともとどういう人物だったのか、
ここで、少し詳しく記しておきたいと思う。
 

今から書く内容は、後からサクの家族や友達から聞いたこと、
そして、サク本人から聞いた当時の話だ。


サクは、とにかく物心ついたときから、やんちゃで悪さばかりしていた。
3歳の頃から万引きを覚え、小学校の頃には教師の手にもおえない問題児。
中学に入る頃には、バイクで登校、タバコにシンナー、スリに車上荒らし、
とにかくよく警察のお世話になっていた。
(余談だが、サクが今までの人生で万引きした総額は優に1000万を超える。
・・どんだけだ!!)
あやまって警察を殴ってしまい、そのせいでパトカーに追われて、
一週間、真冬の野外でひとり凍えながら逃亡生活をしたこともあるらしい。(ほんとにばかである)

学校の窓ガラスを割ったり、教師の車をいたずらでパンクさせたりは当然日常茶飯事。
いつも、制服の内ポケットには当たり前のようにナイフを隠し持っていた。

それでもなんとか奇跡的に入学した高校時代の彼の当時の写真は、ピンクのモヒカン。
当然、授業もまともに出たことが無いから、いまだに英語の小文字すら書けない。
テストに到っては、彼にとって完全に幸せな熟睡時間以外のなんでもなく、
担任から、答案用紙にせめて名前くらいは書けと、変な忠告を受ける始末だ。

ついには、炎のように派手すぎるモヒカンを頑固にもやめなかったせいで、
卒業の3日前に退学になってしまった。
伝説に残るほどのおばかさんだ。

その頃からサクのママは、自律神経を病んでしまったらしい。当然だろう。
ちなみに、サクの両親と、お姉さんは、あのサクからは信じられないほど、
みな教養のある人格者だ。

ただ、家族を始め、当時のサクを知るすべての友達が口をそろえて言うことがある。

「サクはとにかく友達想いの本当に優しいやつだ。」と。

サクは、家族からはもちろん、周りのあらゆる人々から、本当に愛されていた。
そして、サクも、地元のすべてを愛していた。

10代にして、ありとあらゆる盗みをやり尽くした彼だったが、
不思議に、人を傷つけることはしたことがなかった。(あの運の悪い警官以外は。←サク談)
喧嘩や暴力の話は、一切聞いたことが無い。

サク自身に、何かに腹を立てたり、嫌うといった感情が、ほとんどないのだ。
たしかに、サクが何か自分のことで機嫌を損ねたり、誰かの不満を言ったり、
本当に怒っている姿を見たことがない。

とにかく、人を笑わせること、面白がらせることばかりをして生きていた人だ。
自分が楽しいこと、周りを楽しませること、
それだけが自分の人生のすべてだ、と。

のびのびと育てられたせいか、外見も人一倍大きいのだが、
心に基準や制限がなく、なんでも豪快に受け流してしまうのもサクの性格。
普通なら、度肝を抜かしてしまうような類の窃盗すら、頼まれれば、
彼にとっては他愛の無い「遊び」のように、平然とやってのける。

もちろん、そんな性格と(大木のように)目立った容姿だから、
女性関係に到っては当然尋常じゃないほど豊かだった。
話術が面白おかしいから、その場限りのナンパもプロだ。
海に近い、開放的な土地柄もあるだろうが、サクを一人連れて行けば、
ほとんどの子がついてくる。
高校生の頃には10人の恋人と同時に付き合っていたというから、
呆れるほどのプレイボーイだ。当然、その手の遊びもよく知ってる。

・ ・・当時、クラブと勉強一筋だった超まじめちゃんの私とは、全く交わらない。
聞けば聞くほど、思えば思うほど、別次元の生き方だ。

時々思うことだが、もし、その頃サクと出逢っていたら、私は彼を愛しただろうか?
・・いや、確実に完全な軽蔑の対象だっただろう。

運命とは全く持って不思議だ。


19.静寂と混乱と [日月記録 ~これまでの話。]

肉体は精神の状態を面白いほどに反映する。

憶測だけれど、元を辿れば、
病のほとんどは精神的疾患や、
魂のバランスの歪みから生じるのではないかとも思う。

思えば、サクの意識の暴走が始まった頃から、私の体調は悪くなるばかりだった。

そして、サクが死をも覚悟した行動を取ったその日、私は声を失い、
とうとう寝込むほどになった。

「サク、ごめん。風邪で声が出なくなっちゃった。少し休むから。」
そのメッセージを最後に、私は、サクとの連絡をしばらく絶つことにした。
正直をいえば、沈黙のまま、一人で心を整理したい気持ちもあったのだと思う。
よいタイミングなのかもしれない。
朦朧とする意識の中で、そう感じていた。

病とは、無駄な停滞などでは決してない。
むしろ、自分の芯を保つため、向うべき方向を定めるため、
体がそのような自省の機会を与えてくれているのだと、私は信じている。

そうして、携帯やパソコンから離れて、3日ほどたっただろうか。

家族と過ごしながら、ゆっくり休息を取ったおかげで、
クリスマス・ツリーを片付ける頃には私の声は普通に出るようになっていた。

サクと連絡を絶って、ほんの数日だ。
けれどもそれは、それまで日々サクの言葉と共に居た私にとって、
とても長い時間のように思えた。サクにとっては尚更だっただろう。

その朝、久しぶりに携帯を見ると、
サクからではなく、代わりに
見慣れないメールアドレスからメッセージが届いていた。

サクのお姉さんからだった。

私は息を呑んだ。
金縛りに合ったように、しばらく画面を見つめていた。


「ひなちゃん、突然のメールをごめんなさい。
私はサクの姉のミキといいます。
サクからよく話をきいています。
 
実は、サクが昨夜、家を飛び出して、大阪に向かいました。

ひなちゃんの身に何かあったらしい。
ひなちゃんが存在していること、そして安否を確かめなければ、
オレはもう、生きていられない。
などと訳のわからないことを言って、家族が必死でとめるのを
ものすごい勢いで振り切って、何も持たずに出て行ってしまったのです。

今、サクはとても不安定な状態だと思います。
携帯も壊してしまったようで、連絡もとれません。
普段はとても優しい子なのですが、最近ずっと言動がおかしくて、
母も憔悴しきっています。
 
もしもこれを読んでくれたら、連絡を頂けますか?
090-XX●●-○○△▲ ミキ」


とても丁寧で、落ち着いた文調だったが、
サクが尋常でない様子であることは、冷や汗が吹き出るほどよく伝わってきた。



サクが、真夜中に家を飛び出したって?


大阪に向かってるって?


私の住所も、知らないのに?


お金も持たずに?どうやって?


携帯も壊して、どうするつもりなの? サク?



18.神との取引 [日月記録 ~これまでの話。]

「 運命とは、果たしてあるのか、ないのか。」

この問いは、とても深遠すぎて、手に負えない。

「 神は、いるのか?いないのか? 」

私にとっては、そう尋ねられることに等しい。
たとえ今、誰かに尋ねられたとしても、
自分のような無知な人間には、応える術もない。

しかし、
運命はない、
と断言する人がいるなら、
その人のもとには、心を狂わせるほどの出逢いが、
いまだ訪れていないのではないか、と思う。
すべてが崩壊するほどの衝撃的な「その日」が、
明日にでも待っているのかもしれないというのに。

世界が一変するほどの出逢いの時が、たしかにこの世にはあるのだから。

もしも
運命はある、
と断言するなら、そこには無意識であれ、意識的であれ、
自分の選択の如何が含まれるはずだ。
それによって、運命は左右し、オプションが添付され、展開していく。

少し短絡的かもしれないが、それは少しロールプレイングゲームに似ている。
カスタマイズされた自分というキャラクター、そして、出会うべきモンスターや
仲間は決まっているが、それをどう見つめ、どう扱うかは、自分次第、という訳だ。

どんな状況であれ、それを敵として恐れるという選択、
逃げるという選択、そして、愛するという選択がある。

結局は、自分の心の基準が、運命のオプションを決定付けているのかもしれぬ。

さあ、私は、サクという運命に対して、どんな選択をすればいいのだろう?

もちろん、正解なんてものはない。

けれど、深い心の奥にある魂は、私の行きたい方向を知っていた。
なぜなら、私は、いつも心でつぶやいていたから。
「人を思い切り愛したい。どこまでも深く、信じたい。神も、人も。」
と。

けれど、私の精神は、魂の願いほどには、まだ成熟していなかった。
心と体、魂が混乱して、バラバラになりそうだった。
自分がどうすればいいか、わかっているのに、
「常識」という基準が、彼を見えなくする。

私は、サクに会わなければいけない。
けれど、会うのがこわい。
きっと、生活のすべてが変わってしまう。

・・身動きがとれなくてどうしようもなくなったとき、
私の中の「無意識」は、「声を失う」という
オプションを予定外に作り上げたのかもしれない。

声を失ったきっかけになったのは、一日前のサクからの電話だった。
サクは、そのとき、何を思ったのか、極寒の雪山に居た。
切羽詰った声だった。

「 ひな、オレを助けてほしい。ここに来てほしい。
ひなと会わなきゃ、オレは、もうだめかもしれない。
 オレは、もう何もいらない。自分の持ち物はもう全部捨てたよ。
 ひな以外、全部捨てるって決めた。
ここには、オレの最後の宝物を捨てに来たんだ。
・・ガソリンが、ここで、もうなくなっちゃたんだ・・・」

そこで、電話はぷつんと切れた。
慌てて、折り返し掛けるが、もう繋がらなかった。

私は、呆然とした。
半分は憤りを感じていた。

サクは、神様は、どこまで私を試すつもりなのか?
遠く離れた大阪に居る私に、今、彼を助けるためにどうしろというのか?

そのとき、サクの安否についてはそれほど焦慮しなかった。
なぜなら、彼が電話を掛けてきたのは、見知らぬ人の携帯からだったからだ。
通話中、彼の言葉の背後に、他の人の話し声が重なった。
誰かが、雪山で動けなくなってる彼の車を見つけ、助けたに違いない。

どちらにしても、本当に、サクは無茶をする。
今の彼には、恐れるものは、なにもないのだ。

彼はそのとき、私を得るためなら、すべてを犠牲にするつもりだった。

サクと、神様との取引だった。


- たとえ、その正体が死神であり、
彼の命と引き換えにしたとしても、サクは後悔しなかっただろう。

17.真意 [日月記録 ~これまでの話。]

彼からのメールは、こんな感じだった。

「ひなちゃん、こんにちは。俺はIといいます。
いわきの○○で美容師をしていて、妻と、高校生になる息子と3人で暮らしています。
突然のメールで驚かせてしまってごめんね。

サクくんのことなのだけど、伝えたいことがあって連絡しました。
今の彼の姿をひなちゃんが見たら、ちょっと驚くかもしれません。
ひなちゃんなら、大丈夫かもしれないけど・・。

俺が思うには、今、
サクくんに悪霊かなんかが取り憑いた状態なんじゃないかって思ってる。
正気の沙汰じゃないんだ。
家じゅうの壁や自分の服に、般若心経や俺の名前を書き殴ったり。
真冬なのにシャツと裸足で歩き回って、
訳のわからないことを言って、笑ってる。
友達もみんなちょっと怖がってる。

でも、サクくん、ひなちゃんも知ってるとおり、
普段はすごく優しくて、慕ってる仲間も多かったから、
今、こっちでは密かに『サクくんを救おうの会』ってのができてるんだ。

ただ、それにはひなちゃんの存在がどうしても必要だと思ってる。
すごく、大きなヒントになるような気がするんだ。
もしよかったら力を貸してください。

以下、連絡先とメールを教えておきます。 ・・・・・ 」


悪霊。・・・『サクくんを救おうの会』。
全身の血の気がひいて、いよいよ私の頭は真っ白になった。
 本当に霊の仕業だと思ったから、ではない。
そう捕らえられるほど酷い振る舞いを取る、サクの日常が
第三者から初めてリアルに伝わってきて、
ぎゃふんと口から出そうだったのだ。

こんなに周囲に心配をかけるほど、サクは狂っている。
否、完全な狂気を演じているんだ。身も心も、役にはまり込むように。
半端な試みではない。
 
同時に、私は、少しずつ気づき始めていた。
サクの魂が、何を真意としているのか。
これほど、荒々しく支離滅裂な言動を繰り返す理由を。

あのとき、サクは、確かに云った。
約束した。クズとなることを引き受けた、と。
サクは、錯乱などしていない。
彼は、すべてを面白がって「演じ」ているのだ。
何のために?

人間の隠れた本質をさらけ出すため、だ。

人はみな、かなしきかな、自分勝手な生き物だ。
自分にとって都合のいい優しさや、心地よい親切さ、
みめ麗しいものなら、いとも簡単に心奪われ、慈しまんとする。
そして、簡単に「愛している」「信じている」などと口にする。

けれど、その言葉の多くは、ほんの少しの裏切りや、失望によって、
一瞬にしてもろく崩れ落ちたりする。
熱狂的な信仰、親愛ほど、朽ちるのも、早い。

人々の「愛」が簡単に「憎しみ」へと裏返る瞬間を、私も幾度、見てきただろう。
そのたびに、何ともいえない虚しさに途方に暮れ、
「かりそめの想いに泣くくらいなら、私は、人を好きになるまい」
そう思ったことだろう。

サクの魂は、それを知っている。
知っていて、鏡のように相手に見せているのだ。
愛され、誰からも受け入れられる自分ではなく、
むしろ人々が忌み嫌うほど不可解な姿になりながら、
どこまで、身近な人々が、人間の醜さや歪みを受け入れることができるのかを
それでも、相手の本質を愛せるのかを、身をもって見せていた。



私は、その頃から、サクを想うとき、
神話に出てくる荒ぶる悪神、「素戔男尊(すさのおのみこと)」を重ねていた。
まばゆく高貴なる太陽神であり、彼の姉である天照大御神さえも、
傍若無人に「悪業」を働くスサノオを、最後まで受け入れ、
信じぬくことはできなかった。
理解できなかったのだ。
しかしながら、スサノオの意識ほど、大きな叡智を持った神はなかった。
スサノオの心は、天照大御神を超えるほどの慈悲に溢れていたという。
彼の信仰心は、人の歴史が築いた善悪の基準さえ、
いともたやすく跨ぐほど純粋すぎたゆえ、
彼の真意を受け入れることできる神々が、おそらくいなかったのだろう。

神々のストーリーはそのまま人間の歴史を映し出す。
人は、理解できぬものを目にしたとき、それを
狂気、というカテゴリーに入れ、目をそらす。
そして、愛する対象から盲目のまま除外してしまうのだ。


ひとりぼっちで苦しんでいるサクにとっての、「天照」は、そのとき二人。

一番の理解者であるはずの私と、そして、当時、もっとも身近にいたIさんなのだ。


けれど、そのときの私の認識は、まだそこまでに足りなかった。
そこまでサクを信じきれるほど、サクのことを知らなかった。
Iさんの云うように、私がサクに会えば、何かわかるはずだ。
けれど、福島は、あまりにも遠い。
仕事も簡単には休めない。突然飛び出して、家族に心配も掛けられない。
どうする?どうする?

私は頭を抱えた。
考えても仕方がないけれど、とにかく自分がどうするべきか、考えた。
時に投げやりになって、できれば、もう目をそらしてしまいたいような気もした。
寝ても覚めても、サクの心配ばかりしていた。

やがて、
私は精神力を使い果たしてしまったのだろうかー、

どういうわけか、ある日、
私の声は全く出なくなっていた。

その頃、街はクリスマス一色だった。





16.SOS [日月記録 ~これまでの話。]

サクからもう一度連絡があったのは、それから一時間後くらいたってからだった。

その電話で初めてサクは、約束を守れなかったことを謝っていた。
私は、理由をきくことはしなかった。
すでに風邪のせいで、意識が朦朧としていたからだろうか、
それとも、これ以上、まともな会話はできないと諦めていたからだろうか。
きっと、両方、だ。

「もういいよ。私は大丈夫だから。サク、またいつか会えたらいいね。」
そんな感じの言葉が、とても穏やかな気持ちで心から言えたのは、
さっきの言霊のおかげに間違いなかった。
それでなければ、私は、これ以上惨めになりたくなくて、
電話にすら出なかったかもしれない。


高野山からの帰路に着いたその後も、
サクとのやり取りは続いたが、メールは日々支離滅裂を極めていく。

「ひなは、思っていたとおり、オレの女神だ。たったひとつの光だ。」
そんなメールが届いたかと思うと、
「オレ、そろそろ飽きちゃった」
と来る。

「そう。私は、サクに振られちゃったんだね。」
と返すと
「今すぐ会いたい。贈り物がたくさんあるんだ。」
と来る。
とにかく、もう文脈もなにもあったもんじゃない。
はちゃめちゃなのだ。

・・・ああ、
思えばこのとき、私はよく正常な精神で彼とやり取りができたなあと、
今更ながらつくづく不思議である。
たしかに、私くらい阿呆でなければ、
このときの彼とは付き合っていられなかっただろう。

けれど、誰がなんと言おうとも、ただ、惹きつけられて止まぬのだった。
たしかに感じるのだ。
10通のやりとりのうち9通は、まるっきり狂った内容であっても
そのたった1通に、ほとばしるほどのホンモノの愛情と、彼の認識の、
途方もない深遠さを。


思い起こせば、このときのサクは、見えないはずのものを見、
聞こえないはずのものを聞きながら、
この世界と、血のにじむような苦しみの中で、全力でつながっていたらしい。

少しでもバランスを崩せば、気が変になってしまうほど、途方もない年月を
意識の中で往復していたのだ。

次元の違う世界の意識を持ったまま、
過去と現在のタイムラインを出たり入ったりしていた彼にとって、
これが唯一の、精一杯の、
この世の人間へ届けられるSOSだったのだ。

彼の苦しみには及ばずとも、私にとってもそれからは、苦悩の毎日だった。
一日が、何ヶ月にも思えるほど、彼との日々のやりとりは、辛かった。

信じようとも、理解できないもどかしさ、手に負えないほど
非常識的な言動。
誰にも相談できるはずもない。

・・・そんな毎日に、精神的に疲れきっていたある日、
Iさんから一通のメールが届いた。


Iさんが冗談半分で書いたものではないことは、とても誠実な文面から、
一目瞭然だった。
おそらく、不審に思うであろう私の心境を配慮して、
ひどく慎重に言葉を選んで書いてくれたのだろうと思う。

・・とはいってもその内容は、どんなものより衝撃的なものだった。
正常な(?)第三者からの言葉だったからこそ、
いよいよ事の深刻さを思い知ることになった。

私は読み終えて、本気で思った。

ああ、私の精神がいっそ、このままフリーズしてしまえばいいのに、と。



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