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荒ぶる神の現生る魂。そのいち。 [一二三伝文~今日の風音。]

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いつも読んで下ってありがとうございます。
楽しいクリスマスをお過ごしでしたか?

7月から、このファイナルヘブンを綴り始めて、半年足らず。

以前にも記したとおり、
自分と身内だけの記録として残しておこうと思いながら、
地味にひっそり始めたものなのですが、少しずつ身近な友達、読んで欲しい方、
大切な方々にお知らせしていくうち、読んで下さる方が自然に増え・・
今では方々で、嬉しいメッセージを頂いたり、声を掛けて頂けるようになりました。

本当にありがたく、もったいなく、うまく表現できませんが、
受け取ってくださる方がいるというのは、こんなに嬉しいことなんだなあ。。と感激しています。

優しい言葉、ほんとにありがとうございます。 (ノω`・。)・*:.。.

一番嬉しいことは、似たような体験を通して
心の深い部分のこと、見えない世界のこと、自然のことなど
同じ感性で分かち合える友が増えること。
深い部分で繋がれる仲間が増えていくようで、私にとってもサクにとっても最高の楽しみです。

メッセージを頂く方、また、今読んでくださっている全ての方は、私たちと
ご縁のある方だと勝手に思っているので、これからも、あまり日常では公に話せないような
不思議な話などもどんどん含めながら、あんなことも、こんなことも・・(?)共有していきたいなぁと思っています。

さてさて、

私たちはクリスマスというのに、朝から少し離れた神社に行って参りました。*。゚o。(-ω-人)

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私は、日月神示を知ってか知らずかきっかけは忘れましたが、サクに会う以前から
スサノオノミコトの大ファンであります(*^U^*)
(神道は説明できるほど詳しくないので、スサノオの詳しい説明については、
もっと詳しく研究されている方のブログなんかを参照にされてくださいね)

スサノオについてはいろいろな解釈や信仰があって、神社によっても違ったりしますが、
同じスサノオを祭神としている神社でも、八坂神社などの仏教の色が濃く入った祇園信仰より、
氷川神社や熊野神社の自然崇拝的な氷川信仰の方が、どっちかいうと私は真実味があって好きです・・。
(あくまで独断です)

ご存知の通り、彼は、「荒ぶる神」「悪神」と称されたり、歴史書にはとことんダメな
やんちゃな神として描かれていますが・・・(こういうとこも、サクのようで好きです。)
私は、真に深く自然の理知を理解し、宇宙の愛の魂を宿らせていた日本の神は、
まさにスサノオその人ではないかな・・などと感じます。
そして、何よりサクと同じ、どの神様よりも木の心をこよなく愛した人でもある・・。

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以前にも書きましたが、臨死体験後にすっかりおかしくなった(苦笑)サクが、
木の感情や言葉を理解するようになったのと、大木に囲まれた地元の神社に通いつづけた時期が重なること、そして、当時の彼の風貌やふるまいが、まさにスサノオをイメージさせるようなものだったことを考えると、
もしかしたら当事の彼にはそのスサノオの魂や念が入り込んだのかもしれない、とさえ思います。
(当時、彼が住んでいた場所の近くにも、熊野神社が・・。)

その頃のサクは、スサノオを知らないどころか
神にも仏にも精神的なことには関心を持ったことすらなかったそうです。
だからこそ、余計な情報がなく、フィルターが純粋だったのかもしれません。

他にも、サクと出逢ってからも彼に纏わる縁を感じさせるいろいろなエピソードがあり、
あちこちで様々な話を聞くうちに、
スサノオやその子孫ニギハヤヒの封印された魂、歪められた真実を解放することこそ、
日本が忘れた(作為的に忘れさせられた?)「大和魂」を取り戻すことなんじゃないか・・
とさえ思うようになりました。

(余談ですが、私とサクのおすすめはだんとつで玉置神社です。
ものすごく険しい山奥なので車がないと行けませんが、
大自然溢れるあの場所には、ものすごい生命力を持った大木の精霊たちがたくさん住んでいます。)

というわけで、風邪の名残を引きずりながらも、(あの後サクにもうつりました(・U・;)ごめんよ)
クリスマスは、
二人でスサノオの魂を感じに地元の氷川神社へ行こう! ということになりました。

しかも、近場の氷川に行くつもりが、私が切符を買い間違え、
そいじゃせっかくだから~と、総本社の大宮まで行くことに。
(「こういうのは、間違いじゃなくて呼ばれてるっていうんだよね。」
と私もサクも思うことにしています ^^;ポジティブでしょ)

思ったより文が長くなったので
その2に少し続きます^^


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↑ サク、この寒いのにモヒカンにしました。

写真を見た、彼をよく知る愛しの親友Fちゃん曰く
「街中でぶつかるくらいなら死んだ方がマシなくらいのド迫力」と・・((((´=д=`)))))
(・・彼女の表現力はスバラシすぎて、たまに腹がよじれます)
おお!たしかに、この日、人の目線をやけに感じたのは・・。
やっと今、理由がわかったあ・・((`・∀・´)ノ・・て おぃ・・?





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The First Contact [一二三伝文~今日の風音。]

今日 地元で見つけた河川敷。

またひとつ 生まれて初めて出会う景色 こんにちは^^

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ところで

今朝から何かおかしいと思ったら・・

クリスマス前だというのに
風邪を引いてしまいました。ε= o(+ω+,,)

よせばいいのに、朝からあちこち走り回って
さらに熱も出たらしいです。。。ヽ(・д`・。) (サクに云われなきゃ気づかない私・・orz)

その代わり、新たに私の日向ぼっこ名所になりそうな場所を発見したので
写真だけ載せて寝ます。

私とサク 大好きな姫神の曲と一緒にどうぞ^^

ちなみに、姫神の曲を聞いてると、
自然たちと仲良くなれる波長が、ぐわんぐわんと湧いてくるのがわかります。

山に出かけるときは、車のBGMに必需品です~^^

では・・・おやすみなさい。。。。||寝室||つω-`)ノ



川辺に座っていると、小鳥や蝶がちょこちょこ飛んできた・・・(^^*

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今日、友達になったおっきな木。

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この下の子に、「触って触って~」って呼ばれて、しばらくくっついてました(^^)

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今日もらった言葉



「聞き上手は 知り上手」

いっぱい聞くひとには いっぱい与えられる

知恵も 情報も エネルギー

心を開いた分 たくさん エネルギーは注がれるの

人間同士でも 同じでしょ?

本当に知りたいのか 聴いてるふりだけしてるのか なんて

意識を感じれば すぐわかる

無関心に流す者より 

もっともっと って せがむ者には 宇宙は もっと あげたくなるの


聞き上手は 知り上手

求め上手は もらい上手




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☆12.21☆キタレリ。 [一二三伝文~今日の風音。]

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12月21日。
今年最後の満月は皆既月食です♪
ちょっとお天気が・・・(・・;)?ですが、
日本では16:40くらいにお月様が地球の影に隠れるみたい。

宇宙のエネルギーシャワーをた~っぷり浴びれる貴重な日、でありまっす♪
ワーイ♪ゝ(´A`★ゝ)(ノ☆´A`)ノワーイ♪

見れるといいなあ

そんなわけで、こんな特別な日は
やっぱりこれヾ((`・∀・´)ノ⌒☆
毎度おなじみ大好きな日月神示を。

パラパラ~っと めくっていると
私が日頃感じていることとぴったり重なる句を見つけたので
ここを訪れてくださったあなたに差し上げます~。(*-ω人)


*********************************

じゃ~ん。これは今日出逢った男前の木くん。太陽と木のツーショット、好きだなぁ~・・^^
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「友つくれと申してあろうが、友と申しても人間ばかりでないぞ、
山も友ぞ、川も友ぞ、動植物も友ぞ。
一人の友を得たら一つの世界を得たことぞ、何も彼も皆友ぢゃ、友は己ぢゃ
皆己となれば己なくなるぞ、己なくなれば永遠に生きられる、無限の己となるぞ。
御神前で拝むもよいなれど、空を拝めよ、山も川も拝めよ、野菜拝めば野菜が、
魚を拝めば魚が神となり、又、己となるのぢゃ。」

五十黙示録 五葉之巻 第三帖


「もの与へること中々ぢゃ、心してよきに与へねばならんぞ。
与へることは頂くことと知らしてあろうが、与へさせて頂く感謝の心が
なくてはならん、強く押すと強く、弱く押すと弱くハネ返ってくるぞ。
自分のものと言ふもの何一つないぞ、この事判れば新しき一つの道がわかるぞ。」

五十黙示録 五葉之巻 第五帖



「悪を食ふて暮らさなならん時近づいたぞ、悪に食われんように、
悪を噛んで、よく消化し、浄化して下されよ、悪は善の仮面をかぶってゐること多いぞ、
だが悪も大神の中に生まれたものであることを知らねばならん。
ダマシたいものには一先づダマサレてやれよ、ダマサレまいとするからダマサレるのであるぞ。
生命の樹の実は美しくおいしいぞ、食べてはならんが食べねばならんぞ、
肉体欲が先に出るから生命を失ふ、心をとりて実を喜ばせて食べるとよいのであるぞ、
食べないで食べる秘密。」

第十三帖

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「山は神ぞ、川は神ぞ、海も神ぞ、雨も神、風も神ぞ、
天地みな神ぞ、草木も神ぞ、神祀れと申すのは神にまつらふことと
申してあろが、神々まつり合はすことぞ、皆何もかも祭りあった姿が
神の姿、神の心ぞ。
みなまつれば何も足らんことないぞ、余ることないぞ、これが神国の姿ぞ、
物足らぬ物足らぬと臣民泣いてゐるが、足らぬのでないぞ、足らぬと思ふてゐるが、
余ってゐるのではないか、上の役人どの、まづ神祀れ、神祀りて神心となりて
神の政治せよ、戦などは何でもなくけりがつくぞ。」

富士 = 普字の巻 第八帖



・・・「自然は神であり、友である。」
これってどんなにすごいことか・・・(´;ω;`)ウゥゥ
だけど、人は、違うものを追おうとして遠回りする・・

人間はまことに、ややこしや~^^


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『 N o w h e r e 』 [一二三伝文~今日の風音。]

今日の夕暮れ。水のある風景、好きだな・・^^
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「人生に目的を」

時勢に 世間に 組織に 煽られるがまま
価値のあるものばかり探してた頃
わたしは「わたし」を生きることが苦手だった 

時間に追い立てられ
やらなければならないことに駆り立てられ
意味もなく 焦りながら 時に縛られ 生きていた

見ている場所はいつも 先 先 先 

何をすれば 「有意義」に時を過ごせるのか
もっと「良い」自分を得られるのか
自分を好きになれるのか わからなくて

なにかを もっともっと 得なければならないと ひたすら走っていた

無機質な人間関係を いくつも こなした
あらゆる仕事に挑戦した
スケジュールを詰め込んだ

それが自分のクレジットを高めることだと 思い込んで

自分に自信を持つことは 
忙しく 駆け回り 世の中で輝くことだと思った
上を 上を 上を 

盲目の通念に急き立てられ
されど いくら走れど走れど 残るのは虚しさと自己嫌悪

情報をいくら得ても 定めた目的を達成しても
理想だと思う場所についても 苦しいばかりだった

いつも 心は 明日を恐れて 「ここ」に無かった

そして あるとき 気づいた

忙しい という字は 心を亡くす と書く

私は 心を 自分の本心を 見失うばかりだった

一日 は 24時間

時の刻みは

早く感じたり 遅く感じたり

すべての人に 同じように与えられているようで
感じ方は それぞれ違う

ならば おそらく 時間の絶対的な尺度は 在るようで無きもの
想いによって 伸びたり縮んだりする

一瞬の意識の持ち方が 人によって違うように

多くの人は 
「今」を感じるのが苦手

情報と 観念と 心配と 義務で 
いつも 過去と未来の空想の中にある

心 此処に 在らず

定刻どおりに 通勤し 
決められた仕事を いかに 効率よくこなし
決められたルール通りに いかに動き いかに好く対面を整えるか

約束どおりのコミュニケーション
あらゆるシチュエーションに お決まりの定型文
魂の抜けた 空っぽの 「ことば」たちが浮遊する
想いの籠もらない「ことば」たちは 耳から耳へ 抜けていくのみ

愛想を振り撒きながら ほんとの「自分」も一緒に零れ落ちる

人間関係は いかに楽しむかよりも 
うまくこなすことに 気を使う

さあ

そうして ひとは 何処に向かっているんだろう?

ほんとうは
自分を 豊かにするのに 努力はいらない

あなた自身の「今」を奪い 自由を奪い
視界を狭くするだけの「目的」ならば 何の意味があるのだろう? 

そんな目的なら いっそ 捨ててしまうがいい
 
たとえば それは とても単純なこと

いつも歩いてるその道の景色
同じなんかじゃない
土も 草も 鳥も 虫も 違う表情を見せてくれる

一瞬でも 立ち止まって 空気を吸ったり
知らない脇道を 歩いてみたり 

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もし そんな時間すら「無意味」だとするなら
おそらく その先にある「意味ある世界」とは とても狭い世界に違いない

毎日 
与えられた塗り絵を 同じ色で染めることに 達成感を覚え
別の色が与えられれば それを「問題」と呼び 元に戻そうと必死だった
あの頃 私が居た灰色の世界のように

それは 今すぐに出来ること
なのに
一生のほとんどの時間 過去と未来の幻想のなか 生き続ける人もいる

意識を「ここ」に降ろせば
それだけで 視界は鮮やかに変わる

見えなかったものが見えてくる
鳥の声が聴こえてくる
空気の香りが感じられる
風の音が耳を掠める
木がチカラを送ってくれる

意識はエネルギー
エネルギーを送れば 万物がそれに応えてくれる

そこから何かを得ようとせずに
目的も定めず
理由からも 意味からも自由になって
なんとなく
ただ 「なんとなく」

「なんとなく」 は 自然が好む感覚
「なんとなく」 は 奇跡を招く第六感
それは 義務や責任も関係なく
天が突然与えた インスピレーションだから

思えば
私とサク 二人の巡り会いも
それぞれの重ねた 「なんとなく」 の果てに在った

たいそうな ビジョンの果てでも ルールの上でもなく
なんとなく なんとなく の連鎖のなか
直感と直感のクロスロードの中央で ぶつかった 奇跡の縁

四角い枠の中 
渋い顔したニュースキャスターの
不特定多数に放たれた 暗い情報を追うよりも
ふと目を向けた窓の外 
さえずる雀の子の戯れに
もっと 身近な「いま」を 真実を 教えられることがあるように

あなただけに届けられる あなただけの「いま」がある

万人に当てはまる虚構の「真実」よりも
もっと深くあなたを揺さぶるもの

ひとは 
単純すぎることほど 見ようとせず
難しい現実ばかり 追おうとする

そうして 奇跡の訪れを 自ら 跳ね除けてしまう

「今」に生きることは 「私」を好きになること

「私」を好きになったとき 世界をもっと好きになる

そのとき 世界が もっと 「私」を活かしてくれるしくみ

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あの頃
手に入れた 数々のもの
社会的に望ましいもの 
握り締めていたものを そっと 手放したのは 
本当に 得たいものを 見つけたから

私を飾るすべての要素は そうして 悉く 消え失せた
けれど 引き換えに 失った心を取り戻した

そのとき 私は 私を 取り戻した

はじめて
私は 求めていた最高の「価値」を 手に入れた

なにかを得ることばかり 考えていたあの頃

無くして初めて 豊かになるものがある

それは きっと 

いつか この身朽ちたとしても 

永遠に果てぬ なにか なのかもしれない


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わたしの好きな日常。 [一二三伝文~今日の風音。]

今日は
可愛い元教え子のぴいこちゃんが遊びに来ていました。

ぴいこちゃんは受験戦争真っ只中。息抜きになったかな?

そういえば
うちは、とても狭くて何もないわりに
色んな世代のお友達がちょこちょこと遊びに来たがります。

なので 暇なようで 
日々何かと予定が入って 一日があ~っという間に終わります。

そして 訪れたほとんどの人があっという間に猫化しますm(_ _)m
きがつくとその辺でゴロゴロ転がってるといふ…(・_・;)

初めて来た人でも しばらくすると自宅のように寛ぎます それが我が家。

私もサクも、
気を使うのも使われるのもあまり好きじゃないので、
(ふたりとも気が利かないことの言い訳ですが ナニカ(_ ω_))
気楽に このゆるい雰囲気を共有してくれる人たちが
自然に集まってくれるのが心地よく とても嬉しい・・ヽ(ω・ヽ)(ノ・ω)ノ

とくに何をするでもなく
お菓子を食べながら他愛ないことを話したり、

転がったり

話したり

食べたり

転がったり…

アプリで遊んだり・・

きがつくと夜 (」゜□゜)」

(ノ><)ノそれしかしてないね

…うちに来ると こうして みんなうちの猫の仲間入り。(本物の猫はいないですよ~)

中学生や高校生たちは 私が連れてくるのですが
たいてい サクとすぐ仲良くなります。
とくに、サクの中・高校時代 武勇伝(あらため悪事の数々です 詳しくは 大怪盗サク参照)と
オカルト体験談は、刺激の大好きな少年たちにとってはものすごくワクワクする話らしい。

さりげなく話してるようで
サクは実は子供たちのツボをよく知っています。

あらゆる現実を、テレビやネットの情報や知識からじゃなく
自分の目で見て 感じて 本質を捉えようとする、 
そんなサクの語り口調は
たしかに子供にとって安心感を与える気がします。

私も 頭ごなしに知識や見解を押し付けられることで
本当に何かを学んだことはあまりないな・・(- - ; )

自ら現実に体当たりして生きてきたサクの話は 
何かの受け売りでなく とても強い言葉の力を持っているようです。

むしろ十代の子供たちは、とても自分の感情に正直だから
瞳を見ているだけで 心が高揚しているかどうか わかります。

同時に大人の真意にも とても敏感。
空っぽの理屈を振りかざしているだけなのか
心から実感し理解しているのかを すばやく悟っている・・

だからこそ 頭ごなしに
「これはダメ」「あれは無理」
なんて会話は本当にナンセンス! というよりも有害だと。(ノω`;)

云ってるほうも、言われるほうも、何も学ぶものが無い。

それよりも・・
様々な物の考え方があることを 知ること 認めること

どれも絶対的な正しさはないと 理解できること

そのうえで 自分で選択して 体験すること

そうして 身を持って 自分の真実を 知ること

そうでなければ 他人の築いた人生を生きることになってしまう

そして、生きる屍の出来上がり。・・というのはまんざら言い過ぎでもない。

・・私はそう思います。 

「自分」を生きなかったその反動は いつか必ず来ます。
抑えたエネルギーはどこかで昇華しなければなくならないから。

「イイコちゃん」ほど キレたとき手がつけられないのは当然のこと。
発散されることを赦されなかったエネルギーが、蓄積し、爆発したのだから。むしろ自然。
子供たちのせいじゃない
本来魂が望む生き方を、ずっと抑えられてきたのだから。

「こうでなければいけない」「はみ出してはいけない」
と 予め敷かれたルールに従うことを余儀なくされ、
知識を詰め込む一律教育、同質の能力を競り合う受験という
数々の洗礼を受けた彼らが大人になって、
「自分を信じろ」「誰かの真似をするな」「個性重視」
と云われたところで、
どうやって 自分の感覚を信じろというのでしょう・・・?

学校教育そのものが 
その純粋な感性や多様な価値観を削いできたというのに。

むしろその矛盾に 精神は板ばさみになって混乱してしまう。

「思うまま生きろ」「やりたいことをやれ」
「既成概念に囚われない発想を」「独自性を」

かといって、一旦行動に出そうとすると

「上司に従え」「常識を守れ」「空気を読め」
「自分勝手に生きるな」「ニートは社会悪 企業に入れ」・・・

これじゃ 進むに進めない 止まるに止まれない ・・(;´・ω・`)))

はじめから選択肢のない「自由」・・・(;´・ω・`))))))))) ドウスリャイイノサ・・



・・・そういえば、小学校の先生をしている親戚が口を揃えて 十年位前から言っていました。

「学校では、精神を病んで教壇を離れる教師が後を絶たない
学校はもう手に負えない・・・子供を救うのは学校以外の場所かもしれない」

病んだ大人たちが 子供を 「健全」に「教育」できるはずがなく・・・
健全な教育を受けられなかった子供が、自分に健全な自信を持てるはずも無く ・・・

なら、その子供たちの未来は・・・?

子供たちは実はそんな矛盾に ものすごく気づいています。
だからこそ とても無気力になっています 大人が信じられない、と。

子供の方が空気を読んでて、大人に合わせてるだけだったりするのも、よく見る光景。

ちなみに
私とサクは、子供たちに教育上「よくない」とか云われる話題もガンガンします。

わからないことはわからないという
いろんな意見を飛ばしあう 
政治の話も ホラーな話も ふざけた話も
子供だとか 大人だからとか 関係なく 
いつも本気で笑って 本音で話します。

むしろ 若い世代から 学ぶことも たーくさんあります。

そして・・・
繋がった子供たちが みな そっとつぶやく言葉。

「こんな会話ができる大人が回りにいない」と。

・・・・もったいないなあ と思います。

大人にとっても 子供にとっても 、
世代関係なく 組織も 序列も 肩書きも関係なく
交われる機会がないことは お互いに 本当に もったいない。

無条件で なんにも囚われず ゆるーく意見を交し合う場所

もっと広がればいいな。

草の根だけど、こんなひとときの価値観の広がりが 人生を大きく変えたりする

私がそうだったように。

もっと もっと みんな じゆうになるといいな

そんなビジョンを持った 今日の愉快なひとときでした。

妹みたいな大好きなぴいこちゃん、 またおいでね。


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うちの近所の朝の風景。ぴいこちゃんのお菓子を買いに。

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昨日出逢った人懐っこい猫ちゃん。自転車から離れませんでした。またね。




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エネルギーの泉 [一二三伝文~今日の風音。]

絶景スポット発見。
空気が澄んでいると富士山がよく見えるんだって。
サクもお気に入りの休憩(サボリ?)スポットらしい^^

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今日は、この 師走の青空からたくさんエネルギーをもらいました(●´∀`人´∀`●)・
日焼けしたけどね・・^^;

***************************


あらゆるものは循環する


身体と魂が共鳴するとき

エネルギーは 流せば流すほど 入ってくる


使い切るほどに また新しく

循環し 体内を駆け巡るほどに

細胞は活性化し いきいきと生まれかわる


川の流れが止まることはないように
宇宙が注ぐエネルギーは 尽きることはない 

ひとは 誰しも
そんな無限の宇宙のエネルギー倉庫に繋がることができる

なにか 特別な人にだけ赦された能力じゃない
 
そのための努力も修行も勉強も要らない
もちろん代価も必要ない

ただ 自分が ほんとうに好きなものに気づくこと
それだけ
 
本当に楽しいとき 
本当に喜んで何かをするとき
無条件で その倉庫にアクセスすることができる

そこからは 泉の如く 純粋なエネルギーが絶えず溢れ出し
繋がる人々を潤し続けるだろう

楽しいことをしている人は
むしろよく動くようになる

そのエネルギーを流したくてたまらなくなるから

じっとしていられないから

そうすれば また あの倉庫へ繋がることができると
魂が知ってしまったから

喜びを忘れ
停滞したエネルギーは 心と身体を鈍くしてしまう

多くの若者が言う
特に 原因もなく
「いくら休んでも 疲れがとれない」と

年老いても イキイキ動き回っている人もいる

そういえば 亡き祖母は そんな人だった

ほとんど動けなくなってから 孫たち一人ひとりのために
千羽鶴を折りはじめた

誰かの喜びを寝ても覚めても祈っていた
その喜びを 自ら見出していた

訪れるひとに 歌を与え 絵を与え 
それすらできなくなってからも
笑顔を送ることを忘れなかった

最期まで「ありがとう」と繰り返し 周囲を笑わせながら 眠るように逝った

誰のためでもなく
祖母は 自分自身の魂の活かし方を知っている人だった

精神が疲れている人々に
心が病んでいる人に

ほんとうに必要なのは 休養ではないかもしれない

足りないのは 睡眠でも余暇でもないかもしれない

夢中になれるもの 本当に楽しめるもの 
寝る時間も惜しむくらい 大好きなもの

そして
誰かの役に立っている実感
誰かと 繋がっている実感

まだ善悪も知らぬ 子供の頃 
友達と居るだけで
たまらなく楽しかったように

心から喜べるものに目を向けることかもしれない

その感覚を 失ってしまったわけじゃない
忘れてしまってるだけ

学校で 職場で 社会で
少しずつ 世の中の都合のために 惰性のために
閉じられてしまった感覚だから

取り戻せばいい

魂に目を向けるだけでいい

そうすれば きっと

人はみな 誰でも 宇宙から 
自然の治癒力と エネルギーを もらうことができる


*********************************

・・・・最後に、つい最近
あるお友達から聞いたお話を載せておきます・・。


「インドでは 象を調教するために、ある方法が使われる

捕獲された象は まず とても強い竹につながれる

そうすると 
もちろん 象たちは抵抗し、竹を倒そうともがく

しかし、はじめは暴れていた象たちも
しばらくするうち 逃げられないとわかると
あきらめ 抵抗するのを止めてしまう

その後
簡単に逃げられるような杭につなげても
象は暴れることも 逃げることも しなくなっているという・・・」


『気がつくと 逃げたいとも思わなくなる』
この心理を友人いわく、エレファント症候群というらしいです。

なるほど~うまい表現だなと思いました。

人間たちも また 大人になるにつれ
気づかない間に
自分で自分を 鎖につないで生きているのかもしれないな・・



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ひな♪さく ちい散歩。たまげた~補足編。 [一二三伝文~今日の風音。]

昨日のちい散歩の記事の補足です

昨夜、ある方があの井戸の写真を見て
ここは魂の封印ために作られた場所だろうと教えて下さいました

(ちなみにそのブロガーさんは、際立った感覚の持ち主。
なによりそれが真心いっぱいの考え方や
自由で朗らかな生き方に素晴らしく反映されてるのが大好き…(≧∇≦)ノぽっ)
そこから(間違えて?)来てくださった方が思いのほか多くて・・、
なんかアホな日記ですみません。。。ほんと、ありがとうございます。。m( )m

その方がおっしゃるように、
よくみるとたしかに念の籠もったエネルギー体が、う・うつってる…(゜∇゜)あーれー

鳥居の外にひっそりと佇むその井戸こそ
魂たちが呼ぶ異空間への入り口…

此処こそ この城跡の要となる場所

私たちは
本当に大切なことからはいつも目を逸らされるよう
社会の都合に操られてる

その方も大好きな「響き合い」という言葉
私にとっても
絶えず 魂を揺らす言霊のひとつ

どんな霊も命も
響き合いの中で生かされている

閉じ込められて喜ぶ魂はいない

私もそう思う

ある支配者たちの便宜と栄誉を守るため
封じられ利用された霊魂たち

自由になりたいと願わないはずがない

…実は昨日
本宮のお詣りもせずに、
しばらく鳥居の外のその井戸の近くから離れられず
ぼんやりと二人で腰掛けたまま木たちに祈っていたのでした

その後、晴天の青空に一筋の雲が上っていきました

魂みたいだったよ

教えてくださって本当にありがとう

あらゆる生命体の
たったひとつの魂でさえ
自由にすることは
この世界を縛るひとつの縄をほどくこと

縄をほどくことは
私達自身をも自由にすること

制限された空間では 制限された音が鳴る

美しくのびやかな音色は響かない

ひとりでは寂しい音色も
様々な音と繋がるほどに
個性が研磨され
より美しく荘厳な旋律を創る

せっかくだもん
最高の音を響かせ合いたい

私も大きく大きく望もう

もっともっと
あらゆる命と魂と
自由を泳げるように

愛し合えるように

見える世界
見えない世界も
わかる世界も
わからない世界も
縁がある限り
めいいっぱい生きよう

明日でも 明後日でもない
喜びは先延ばしにしない


ただ 毎日 今日という日を 最高の日にしたい

物も 石も 植物も 木も 花も 風も 虫も 動物も 
存在するあらゆるものが 意識を持っていると知ったとき

ひとは
もうひとりにはならない

二度と
ひとりには なれないと知ることだから

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ひな♪さく ちい散歩。その2 [一二三伝文~今日の風音。]

さてさて実は、この城山神社、
地元の中学生なんかには特に有名なちょっとしたミステリースポットなのです。

その名も「赤い松伝説」 赤い糸ではございません・・・

場所がこちら。

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「血の出る松」。

すでに枯れて伐採されてしまって、その場所は記念碑のみになっているのですが
言い伝えによると・・・・、

ときは戦国時代、
豊臣軍による北条攻めの際
ものすごい数の城兵の血が流れた。・・・

以来、ここに生えていた黒松の木肌に傷を付けると 
血のような赤い樹液が出るようになった。

さらに
伐採されてから 同じ場所に松を植えても根付くことなく枯れてしまう。。。

のだとか。

(右写真および引用元はこちら

さらに
「この下に、気になる場所があるんだよね」
というサクに導かれ、その脇の七曲坂を下っていくと、井戸の跡が・・。

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なんというか
・・・私は霊感とか悲しいほどなくて
あらゆる方面で鈍感らしい(サク証言)私ですが、ここは、ただならぬ雰囲気を感じました。。。

さらに他にも様々な歴史の痕跡が残っていました。

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謎がいっぱいな滝の城跡。
でもやっぱりサクは木ばっかり見てる。惹かれる魅せられる、気になる木たち。
呼んでくれて ありがとう。

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無言のまま、しばらく眺めていました。

木霊ちゃんとたくさんコミュニケーションできたよ^^


・・・というわけで
今回のちょっと気になる不思議ポイントは血と井戸。
ちい散歩は「血井(ちい)散歩」なのでした。ちゃんちゃん。

あ・・なんか石飛んできた・・。+゚(ノω・、)゚+ 。ヽ(Д´ ゚)ノ゚ニゲロー




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ひな♪さく ちい散歩。その1 [一二三伝文~今日の風音。]

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今日も快晴!
青空がおいでおいでしてる~

というわけで太陽につられるように
ちょっといつもより早起きしたサクと一緒に
地元の城跡公園まで出かけました。

電車嫌いのサク。
車は去年廃車になっちゃったので、二人で出かけるときはもっぱら徒歩です。
てくてく・・てくてく・・・ひたすらてくてく・・歩くこと40分くらいで到着!思ったより歩いた・・・^^;

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城山神社です。鳥居すぐ近くにこんなもの発見。なんだこれ。い・痛そうよ~(>x<)

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この木すごいね~って サクと見とれてました。

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太陽は、やっぱりサクが好きみたいね。

サク充電中。

やりたいことが自由にできない人たち、思いのまま動けない人たち
私の周りにもたくさんいます。

「縛られてる魂たち みんなみんな 自由になりますように」

木にお願いをしたら
サラサラ風が吹いてきて、落葉のシャワーがもらえました。
あまりにも優しくて、しばらくじんとしたまま(;u;)ホケ~っと呆けてました。

なぜか丘の上なのに、暖かくて不思議でした。

太陽がずっと照らしてくれていたからかな。

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続きは、私がお仕事から帰ってきてからアップしまあす。

その2はオカルト編(?)です・・・ちい散歩のほんとの意味が明らかに・・?

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鳥の行方。 [一二三伝文~今日の風音。]

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「 木は本当に優しいんだよ 涙が止まらなくなるくらいに 」

もともと
自然の声を聞き取っていたのはサク

そのおかげで
私とサクは 
いま こうして一緒に居ることができるといっても
けっして 過言ではない

サクが私に そうして チカラをくれたように
私も サクに だれかに チカラを与えたい

与えよう

そう決めてから
自然界からも 人からも
アチコチの存在から 不思議に力を貰います

すべてが自分の想いひとつだということ
空気さえも変えられるということ
単純だけど 途方もなく深遠なしくみが
たしかに この世界にはある


今朝、川から言霊パワーを受けたあと
サクを起こし、スーパーに買い物のためもう一度外に出ると…

突然どこからともなく
「鳥の声をきけ」
と響いてくる

「鳥?」(・_・;)

見上げると
晴天の青空にたしかに鳥の声が四方八方からこだま(木霊?)していました

とにかく自転車を走らせてみよう

買い物を後回しに
鳥に導かれるように

ときに姿を追いながら
ときに声を追いながら
流れに従うこと10分足らず

たどり着いたのはここ 

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わかりにくいね 「和田の森」と書いてあります

なんと
こんな近くに森があったなんて!

そこは崖になっていて
遠い景色まで見渡せるとても素敵な場所

木道に沿って下まで降りることもできる

木が太陽を浴びて嬉しそう~

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わあ いい場所を教えてくれてありがとう

と感激しながらまた自転車をこいでいるとまた騒がしい小鳥のさえずり

従っていくとそこには一件の農家にそびえ立つ大木

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わあ~
あなたともご縁があったのね
繋いでくれてありがとう



しばらくすると
また一羽の鳥がぴょい~んと勢いよく頭上を渡っていく

向かう方向へさらについていこうとすれど
そこには道はない(・_・;)

行き止まりか…
と諦めかけたとき

私をそこで待っていた存在が…
じゃん!

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アイラブュー猫ちゃん登場
\(^ー^)/わぁぁ可愛い

そういえば
動物にはあまり関心のないサクだけど
なぜか昔から猫にだけは関心があって(可愛いと思うらしい)
仕事中にまでじゃれてたりする

最近は私も
猫を助けようとする夢をみたり、
猫に縁ある人との出逢いが
抑えてた自分を信じるチカラとなり、
今の私を後押ししてくれる強力なエネルギーになっていた

なので
どうにかして私なりに恩返ししたくて
なぜかなんとなくキャットフードを携えていた
(ちなみに猫は飼ってません(≧ε≦))

猫ちゃん
お腹がペコペコだったようで
小袋全部あっという間にたいらげたよ

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持ちつ持たれつ

鳥が運んでくれた
自然たちとの縁

エネルギーをもらって
エネルギーをあげて

助け合ってつながってく

それぞれが好きなことをして
それぞれが自分の天命を全うして
それが巡り巡って誰かを生かす糧になる

周り回って戻ってくる
人との縁も
自分が放ったエネルギーが手繰り寄せるもの

めぐりめぐって
わたしとあなたの放つ心が
エネルギーが
波長が 出逢い
絡みつく

縁が繋がる

だから
「めぐり逢い」

想いのエネルギーはどこにいたって飛ばせるもの

鳥は道に縛られない
小さな制限を飛び越えて
超越した世界を知る

オモウガママ
キノムクママ

人は限らた視界に縛られる

視線にうつるすでにしかれたレールだけみて
外れないよう
はみ出さぬよう
用心深く周囲の同意を求めながら歩む

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世界は
空にも
地にも
足元の小さな虫にだって存在してる

人の意識はもっと自由になれる

視線は
もっと遠くを見れる
もっと近くを見れる

鳥は
カラカラと笑いながら
爽快に羽を広げて飛び去っていった

「決まった道なんて
始めからないんだよ

キミがこだわらなければ
囚われなければ
心は意識は
ほんとは
どこにいたって自由に動けるんだよ」



世界中のすべてが
あなたを笑い者にしても
馬鹿げていると嘲りを浴びせても

これが私らしさ
私の愉快で自由な天命

と無邪気に笑って云えるなら

あなたはすでに人生の勝利者

そのとき
あなたはきっと
気づいているはず


草も木も花も鳥も

自由を生きるあらゆる存在たちが

宇宙そのものが

あなたの後ろ楯となり

味方についていたことに



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