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「あの世」での出逢い ~サクの体験 ブログトップ

還って来たサクの話。 [「あの世」での出逢い ~サクの体験]

日月記録にも書きましたが、サクが臨死体験をした後、
奇々怪々なチカラ(霊能力?)と見識が芽生えた話。
今でも時々「あれはなんだったのか」と二人で話すことがあります。

あまりにも神妙すぎて、不可解すぎて、3年前のあのときの現象については
とても謎めいたまま、今に至ります。
(日月記録が進まない理由も、ここから先は特に
私の足りない言葉や表現では収集がつかない部分が多いからです~m( )m涙)

私はもちろんですが、今のサク本人の理解をも超えているため、言葉の枠に収められず
まだ、誰にも話していない出来事もあります。

とはいえ、この3年間の二人の歩みや、訪れる新しい縁を通して、少しずつですが
明らかになっていくことも増えました。
今ようやく、ここまで綴れるようになったこと、そして、誰かと分かち合えることが、
ただ、本当に嬉しいです。

これからも日々、彼と生活を続けながら、様々な人と出会う中で、
ベールが取れていくように明らかになっていくのかもしれないな。

わからないなりに、こうしてブログを綴る理由は、
日々少しずつ移り変わる認識を、少しでも誰かに渡しながら進んで行きたいからでもあります。


さてさて。。。
おそらく、サクは一度仮死したことで、普通の人間なら眠っているはずの
五感を超えた感覚が、しばらく覚醒したままになってしまっていたのかもしれません。
見えないはずのものが見え、聴こえないはずのものが聴こえるようになり、人の心が
魂まで見透かせる状態だったと、彼はいいます。

「真実でないものは、今のオレの前に立てない。
偽者は目を見るだけで、魂まで握りつぶすことができるよ。」
当時のサクはよくこう言っていました。
そして、「生」と「死」に対する認識がいっきに覆され、恐れという感情が一切なくなってしまったそうです。
(まあ、これは元々たいして無かったらしいですが・・
生まれつき無茶ばかりだったからね^^;)

サクのこの内なる変化は、ごく一般的にみて「精神異常」ともみなされるほど、逸脱した言動へと彼自身を導きました。
(実際に、病院にたらい回しに連れて行かれ、どの医者からも匙を投げられたそうです。
 障害者手帳まで持たされていて爆笑してしまいましたが。)

その言動の動機も理由も、今となっては彼自身、特に語りませんが、
その混乱の状況を遠くから冷静に観察しているもう一人の自分がいたそうです。

「どんな混乱状態も、楽しんでいる自分。何もかも大丈夫だ、と知っている自分。
すべてを分かった上で『狂気』を演じている自分がいる。」と。
誰もが彼のことを「あいつはイカレちまった」と怖がるなか、私の前では
感心するほど達観した口調で、理路整然とそんなことを語っていました。

そんな当時の「狂気」じみた様子の一部を、記録に残しておきます。

・ 食べない、飲まない、そして寝ない。そんな毎日が続く。
(睡眠と食事一切、水すら取らなかった時期は一週間ほどだったらしいですが、
その後何ヶ月も、人間の生理的な欲求が湧かなかったそうです。)

・ 極寒の雪山をTシャツと裸足で登り、岩の上で祈り続ける。
(絵を描いたのも、岩の上でした。イメージが湧いてエネルギーがもらえるそうです。)

・ 家であれ、車であれ、どんなときでも鍵を掛けることを一切しない。
というよりできない。
(当時の彼曰く、完全にすべてを信じ、委ねている状態だったため、
鍵を掛けることは、他に向けて心を閉じることに等しかったと。)

・ なぜか地元の古い神社に通い続ける。(赤い鳥居と寺には違和感があるそうです)
  さらには、注連縄を切ろうとする((*o*)ダメでしょ)・・硬くて切れなかったそうですが(-w-;

・ それまで大事にしていたものを含め、自分の持ち物一切を、周りにあげてしまったり、
捨ててしまう。もちろん一文無し。

・ 一晩中、訳もなく涙が止まらない。
(自分の感情ではなく、木の魂が入ってくる・・と言っていました。)

・ 会ったこともない、死んだお祖父ちゃんがそばに現れて話しかける。
(いろいろ説得されたとか・・)

・ 同じ夢ばかりみる。   

・ UFOをやたらに見かける。
(友達も一緒に見ていたので、幻覚ではないようです。)

・ 時間が、逆転する。(この詳細は、日月記録にも書きました。)

その他・・・まだまだありますが、とても感心してしまったのは、
それまで関心すらなかった般若心経に衝撃を受け、どういうわけだか彼は3回読んだきりで暗誦してしまったこと。
漢字一文字一文字がバラバラに分かれて、深い理解と共に頭に入ってきたそうです。
さらに、一般に広がっている般若心経の文字はどういう訳かいじられていて、
本来の正しい漢字は違うとかなんとか。。。ごにゃごにゃ言ってたような・・。
・・・それはそうと、自分の服や部屋の壁の到るところにまで般若心経を書いてしまうのはやはり狂気の沙汰・・困ったちゃんです(--;

その当時、彼が話す内容もまた、あまりにも突拍子もない話ばかりでした。
常識的な人間なら、誰でも狂言だと思うでしょう。
ただ、当時の彼の口調があまりに確信めいて、なんとも云えない神妙な雰囲気だったのが、
今でも鮮明に記憶に蘇ります。
少なくとも私には、とても真実味のある言葉として心に響きました。

特に、「木」の話をするときのサクは神懸りのようになって、畏れを感じさせるほどの
迫力があったのを覚えています。

「木の声が聞こえるんだ。あいつらが、呼ぶんだ。
人間はカネのために、欲望のために、木を切りすぎた。自然を滅ぼしすぎた。
そのうち、木の復讐がくるよ。もう手遅れだけどね。」

「地獄は、オレが見てきたよ。あそこは、もう、定員がいっぱいで、パンクしそうだった。
だから、悉く焼き尽くす。塵になる。もう地獄は、ないよ。
これからは、天国しか、ないよ。」

「全部ひっくり返るときがもうすぐくる。
世の中、カネだって言ってる奴は、全身を一万円札で巻いてやるよ。
その後、マッチで火をつけて、お札ごと一緒に燃やされちゃうけどね。」

「人間はね、呼吸のしかたを間違ってる。竜の呼吸ってのがあるんだよ。」

(その当時、彼は呼吸ひとつだけで、一本のタバコを全部吸いきった(*o*)どんな肺活量・・?)

などなど・・・・
どんどん長くなって纏まらなくなってきたので、このへんにしておきます^^;


(誰か、似たような体験がある人がいれば、常に仲間を大募集中です。)


・・ちなみに、誤解している方がいるようなので補足です。
現在の普段のサクは、そこらじゅうのネジが外れまくってるような
ゆるいゆるい男です。(同じ神懸りでも、どうでもいい度合がまさに神です。)

現在は、覚醒者というより、人を笑わすためだけに生きてるような、
お気楽でふざけた人間ですので悪しからずご了承くださいませーい。



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地獄を見た男。その2 [「あの世」での出逢い ~サクの体験]

(その1のつづき すぐ出ました。^^)

その話を聞いて、不謹慎かもしれないが私はちょっと笑ってしまった。

なるほど、サクは結局、地獄でも呆れられるほど厄介者扱いだった訳だ、と。
そして、ふとこんなことを思った。
俗に言う「地獄」とは名ばかりで、それは必ずしも誰もが思い描くような、
苦しみ悶えるための場所なのではないのかもしれない。
すべてを愉快に楽しめる者にとっては、地獄さえも地獄ではなくなる。

思えば、苦しみとは、いつだって現実をそのように捉える自分の意識に基づくものだ。
悲しみも、困難も、すべてが自分の基準が作り出すもの。
出来事そのものに、幸か不幸の名札がついている訳でもなく、その実態など、どこにもない。
己の心が決めるものだ。

あらゆる苦しみが「幻想」に基づくものだと本当に気づいたとき、「地獄の終わり」が自ずと訪れるのかもしれない。
あの世の「地獄」がそうであるように、この世の「地獄」もまた然りだ。

「オレもね、いいかげん飽きてたから、そうすることにした。
それで、三途の川をもう一回渡って戻るところで、一人の女の子を見つけたんだ。
その女の子はね、酷く泣いてた。」

ここから先の話は、すでに別の記事に記録したことがある通りだ。

「どうして泣いてるの?って聞いたら、その子、こう云うんだぜ。
『どっちに行けばいいか分からない』って。
どっちって、天国か、地獄ってこと。
だから、オレはこう云った。
『地獄はオレが嫌って言うほど見てきたから、きみは行かなくていいよ』って。
なのに、その子、すげえ頑固でさ、オレの言うことを信じないんだ。
何度も何度も説得するのに、泣き止まねえし。

それで、オレが提案した。
『じゃあ、約束しよう。一緒にもう一回、生まれ変わって、あっちの世界で逢おう。』
って。

それから、約束したんだ。
一緒になって、永遠に愛し合うことを。

・・・その女の子がヒナだったんだよ。」

そしてサクは、もとの山の奥で、ひとり、意識を取り戻したという。
ちょうどその頃、サクを知りもしない私は、交わることもない日常の中で29回目の誕生日を迎えようとしていた。

サクはその後、自力でどうにか実家に戻った。
しばらく後、その後遺症からか何日も原因不明の吐き気と熱に襲われ続け、朦朧とする意識の中、
病院をたらい回しにされることになる。
それがようやく治まる頃から、サクに不思議な能力が覚醒し始めたのだという。
見えないはずのものが見えたり、感じられたり、一途に神を求めるようになった。
これまでそんなものとは無縁の生き方をしていたサクが、神社を巡り、書物をあさり、先祖を敬い、
神秘的なものをとりわけ重んじるようになったのだから、周囲が不審に思うのも当然だったろう。
いつも仲間に囲まれていたサクは、その後、どんどん孤立化していった。

一方、私は、サクのあの世で見たビジョンの通り、現実の中で道を迷い、泣きながら悶えていた。
人間関係、仕事、家族、そういったものが様々な意味で、転機を迎えていた。
自分はこれから何を目指せばいいのかわからなくなっていた。
誰もが賞賛する安定した生き方を選ぶべきか、
それとも、不安定で未知なれど自分だけの求めた道を貫けばいいのか、と。
現実の中の「天国」と「地獄」。その境目を彷徨いながら、神を探していたのだ。

そんな生活の中、ネット上の日記に綴っていた、「神」への互いの所感を通して、私たちは知り合った。

サクは、私の綴る言葉をみて「あの少女だ。」とすぐに悟ったのだという。
自分が、この世に戻ってきた理由はこの相手との「約束」を果たすためだと。


・・・ここまで一気に書いて、改めていろいろ考えた。

私は、あの世とか、神とか、そんな世界を実際に見たこともないし、非凡なシックスセンスや霊能力もない。
こんな自分を、持論も思想もないとても無知な人間だと思っている。
だけど、今、こうしてサクと生きている限り、そういった世界があることを否めないし、
臨死した彼との「約束」どおり彼と縁を結んだことそのものが、
宇宙に「神」という名の「大いなる意志」があることの、
ひとつのしるしであるとさえ思うのだ。

サクは共に生きながら、私の知らない何処かへと導こうとしている・・、そんな不思議な感覚が、
今でも彼を見ていると、ふとした瞬間によぎることがある。
その何処かとは場所というより、ある「意識」、そして「認識」なのだと思う。

一体どんな意識なのか、どんな次元の認識なのか、
もちろんまだ私には言葉で示せるほど明確ではないし、
サクも今は、意図的にそれを「閉じ」、「忘れている」という。
時が来れば、思い出す、と。

今日は今日の、明日は明日の自分が生まれる。
サクはそういう新しい毎日を、私に与えてくれている。
自らは何も語らず、何も主張もしない。
ただ、愉快に笑いながら、そっと鏡のように「私」という人間の闇も光も照らしてくれる。
そして、約束どおり、愛そのものとして、私のそばにいてくれる。
サクはそういう人だ。

だからこそ、こうして私も、できる限り、彼を通して知る自分を綴り続けていたいと思う。
同じような人間が、きっと今日もどこかにいるに違いないから。


求めよ、さらば、与えられん。 尋ねよ、さらば見出さん。 門を叩け、さらば開かれん。
・・信じなければ、そこまでだ。
むしろ、そういった神秘的な世界とは、信じたものにしか見えない世界かもしれない。


「 念ずれば、花 開く 」


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地獄を見た男。その1 [「あの世」での出逢い ~サクの体験]

かねてから、しっかり取り上げて日記に残しておきたいと思っていた出来事がある。

なんとなく触れることはあっても、
深い内容については、いろんな理由で、特に通じ合える人にしか語れなかった話だ。

今、ここに残すのは、私が胸に留めておく時期はすでに過ぎたような気がしたこと、
それより誰かの益になることが何がしかあるかもしれない、と思ったこと、
そして一方通行ではありながら、今、これを受け取ってくださっている人が、そんな方のひとりかもしれないと思うからだ。

誰が信じようと、誰も信じなくても、構わない。
けれど、この一件がなければ、私とサクは今こうして出会うことはなかった。
だからこそ、残しておこうと思う。

3年前の夏、サクは「一度」この世を旅立った。
― 息を引きとったということだ。

それは、私と出逢う少し前のこと。まだお互いを知らぬ頃の話だ。
知る人ぞ知る、ある山奥の村で行われる野外イベント、
年に一度の「満月祭」での出来事だった。

当時、いい意味でも、悪い意味でも、地元では少し目立っていたサク。
危ない連中から相当目をつけられている、と仲間たちから常日頃から忠告されていた。
あまりにも自由すぎるサクの言動が、彼らの利益にとって、かねてから不都合だったらしい。

云うまでもなくそれを気にもとめず、自分のやり方を変えなかったサクは、
夜通し行われる賑やかなその野外会場の裏側、人目につかない山奥で、計画的に「始末」されることになったのだ。
それは、普通の人なら誰も真似できないし、想像すらできないような、とても巧妙なやり口で。
・・・恐らく、どこかで同じようなことが起っていたとしても、誰もそうとは思えないような突拍子もない方法だ。
サクを厄介払いしようとした彼は、そういう手段の使える、世の中でいうところの「闇社会」を生きる人間だった。

いろいろな理由で、その方法の詳細をこれ以上綴ることはできない。
けれど、事実は時として小説より奇なり、とよく言うように、テレビや新聞では知ることのできないような
どす黒い現実が、世の中には確かに溢れているのだ。

サクは、そこで、まんまと「人のよさそうな」彼らの策略にはまり、その日の夜、はっきりと息絶えた。

サクは云う。
「自分が最期に見た景色だけ、鮮明に覚えてるんだ。
すごく綺麗な花が一輪、目の前に咲いてた。
それを見ながら、ゆっくり意識が消えていった。」

ここから先はサクの意識下でおこった出来事だから、私にもうまく描写しきれてないかもしれないし、狂言だと笑う人はそれで構わないと思う。

サクによると、彼は、自分のしてきた数々の「悪事」のために、そのあと三途の川を渡り、「地獄」を見たのだという。

「地獄って云ってもね、幾層にも段階があるんだぜ。
地獄の一丁目とか二丁目とか、云うだろ?あんな感じ。
悪人にもいろんなランクがあるように、それに合わせて、段階が違う。
今の時代ね、どこの地獄も満員なんだぜ。駄目な奴ばっかだからだろうな。
門番みたいなおっかない面した奴らもほんとにいる。
極悪人は、地獄の中でも深い場所に落とされて、時が来て、罪が浄化されるまで働かされるんだ。」

こういう話をするときのサクは、まるで何かが乗り移ったかのように別人になったものだ。

「オレは地獄のどこに行ったかって? ・・・あちこち回された。
あの世でも、意識の持ち方は変わらないんだぜ。
だから、どこに行ってもオレはこんな感じ。
怖がりもしねえし、面倒くせえって云ってやっぱり働きもしねえ。
拷問受けてもふざけて面白がってっから、反省するまでどんどん深い地獄に送られるんだ。
時間なんて感覚でしかないけど、何年も何十年もいたみたいだった。
気がつくと、地獄の底まで行かされてた。
それでも、オレ、やっぱりこんな性格だから、それで真面目になるわけもねえだろ?
余計面白くなって、ヒーヒーずっと笑ってた。
そしたら、とうとうおっかない顔したそこの奴らが諦めた。
『お前は地獄じゃ手に負えねえ』って。

それで、もう一回生きて来いって、この世に返されることになったんだ。」


(そのうち?続きます)


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